蛭谷
エルフは遥か昔から山に暮らす部族であり、タフタたち樵や杣人、ウェンウェイのようなまろうどが山に入る、ずっと昔から、山に生きてきた人間だった。
山神様との交渉も、おばけの避け方や被害にあったときの対処なども、どれだけ山に精通していてもエルフを仲立ちとしなければ成り立たない。
そうした山の雑事を取り仕切る代わりに、昔ながらの土地で昔ながらの生活をする自由を得ているのがエルフだった。
エルフたちは、確か国民全てが負担する十分の一税も免れており、代わりに戦争があった場合、国家のために率先して戦う約定を取り結んでいた。
蛭谷の者たちは、そのエルフをも敵に回したことになるのだ。
「小僧、よく知ってるな」
タフタは驚いた。
「へへ、グレン兄ちゃんに聞いたんだ」
「ま、リコ村の子供なら知っていてもおかしくはない。
協定は黒龍山と赤竜山、そして古井戸の谷のエルフにより結ばれたものだ。蛭谷は古井戸の森にも近い、谷側の山にある沢筋の村、蛭谷と呪いヶ原を含む痩せた土地。
ここの住人は、代々毒虫を取り、薬草毒草を集め、ハジュクの町へ卸して生活を立てている。
本来なら医術の知識も豊富な、頼れる奴らなのだが、戦争中、となると迂闊に近づけ無いな。
まろうどの里に出るしかないか」
ヒヨウは説明した。
「あたし、あの温泉、好きだったのに…」
ミカは嘆いた。
「あら、温泉なんてあったの?」
キャサリーンが食いつく。
「そーよ、薬草を混ぜ込んだ砂に埋めてもらうの。
ポカポカして、とっても気持ち良いんだから」
「元々はとても善良な人々の筈が、何があったのか気にはなるが、ピンキーたちの事もあるし、先を急ごう」
チェコたちは階段を降り、松脂の焼けた臭いの立ち込める赤竜山に降り立った。
「だが蛭谷の奴らも、本気だったら矢毒を使うだろう。
何だか訳アリだな…」
タフタも呟く。
矢毒は、戦争だけでなく、チェコも鳥を撃つときには村の雑貨屋で鳥撃ち用の矢毒を使った。
かすっただけでも仕留められるし、煮炊きすれば毒は消える。
山の猟師も、必ず矢毒は使っていた。
毒はまた、田を荒らす虫取や雑草取りにも使われ、蚊やりや害虫駆除など、日々の生活で使われている。
「あ、そうか。
毒矢でやられてたら即死してるもんね」
「そーゆーこった。
それを考えると、いきなり杣人の村を襲って来るかは微妙だろうが、まぁ、やられたら警戒しない訳にゃいかないわな」
タフタは顎を擦った。
「うっかり戦いに巻き込まれでもしたら危ない。
エルフ道に入るぞ」
ヒヨウは言った。




