コカトリス
パトスの言葉に、逆に興味を惹かれて、チェコが木苺の木の隙間から、奥を覗くと…。
森の中の、僅かな隙間に、粉々に砕け散った美しい馬車の残骸があった。
その、垂直に折れ曲がったシャーシの上に、巨大な鳥が止まっていた。
二メートルはあろうかと言う、青黒い鳥。
「すげー、なに、あれ。
めっちゃ強そうな鳥だな、ありゃあ。なんて鳥だろう?」
「あれ…、コカトリス…、全ての生物を石に変える特殊能力を持つ…、鳥…」
「うおぅ~、そんな、すげーもんを、この目で見られるとは!
あれ、でも、俺、石にならねーぞ?」
「石にする、しないは、コカトリスが決めること。
そんなこと言ったら、コカトリスは、石しか食べられない…」
「ああ。
そりゃ、そうだよね、ハハッ」
笑ったチェコだが、んん、と木苺の茂みに身を乗り出した。
「おい、馬車の残骸のところに、人が倒れているぞ!」
粉々になった美しい車体や、沢山の豪奢な荷物の散乱する中、真っ赤なドレスを身に纏った女性らしい人影が、ぴく、とも動かず、倒れていた。
「おいおい、あのままじゃあ、あの女の人、コカトリスの餌食になっちゃうぞ!」
「バカ、チェコ、早く帰る!
コカトリスは一万の軍隊でも勝てるかどうか、というバケモノ!」
「え、でも、さ。
パラライズのスペルで…」
「アース浮かべた途端、気づかれて石化!
能力は、スペルより早い!」
「なんか弱点とかないのかよ!」
「古代の英雄サクセンは、鏡の盾で、身、守った。
でも、そんなもの、無い!」
チェコは、うーん、と考え込んだ。
「よく、さ。
鳥は、動かないものは見えない、とか言わない?」
「バカ、見えてたらどうする? 石になったら、後悔もできない!」
ほとんどパトスは涙を流さんばかりだったが、チェコは、なおも、木苺の茂みに入り込んでいく。
「チェコ! バカ、するな! 逃げよう!」
チェコは、茂みから、もうほとんどブーツが見えるだけになっている。
パトスが茂みに首を突っ込むと、チェコは、ゆっくり、ゆっくり、と、微かに動きながら、どうやら、一番近い所にあるスーツケースに手を伸ばそうとしているらしい。
片手を虚空に伸ばし、一センチ、一センチ、虫が止まりそうな速度で、ゆっくりと前進していく。
「チェコ~」
パトスも呆れる。
だが、指は、あとスーツケースまで、数センチ、まで迫っていた。
指先が、スーツケースの、角に触った!
チェコは、爪と立てて、ケースを引いた。
ズッ…!
大きな音がして、慌ててチェコは、動きを止めた。
背後でパトスは、毛を逆立てて飛び上がった。
チェコたちは、動きを止めたまま息をひそめた。
チェコは、心の中で、数をかぞえた。
六、七、八、九…。
コカトリスは動かない。
三十、三一、三二、三三…。
コカトリスは、ぴくり、とも動かなかった。
チェコは、息をゆっくりと吐き、今度は丁寧に、スーツケースの底に指を入れて、一ミリずつ引いていった。
木苺の枝の隙間から、チェコは、大汗をかいてスーツケースを引き出した。
「こんなもの! バカらしい…」
パトスは、げんなりと呟く。
が、全く気にも留めずに、チェコはケースの扉を開いた。
「うわぁ、すげー!」
チェコは、小声で叫んでいた。