第一講座
「うわぁ!」
気がつくとチェコは、空の上に浮かんでいた。
少し黒ずんで見えるほど青い空は、さっきまでチェコが見上げていた空だった。
視線を落とすと、遥か眼下には、どうやら黒龍山がみえていた。
「うわー、やっぱデカイ山だなぁ…、あそこまで登ったなんて、俺、偉いよなぁ…」
この高みから見ると、近くでは黒かった岩山が、空の光を受けてか青い灰色に見えていた。
その、ほっそりとした山頂部は、どこか高貴な貴婦人のようにも見える。
そして、首をぐるりと回すと、ズドンと太い赤竜山が見える。
こっちは、対照的に男性的だ。
飽きることなく空中の眺めを堪能していたチェコは、ふと頭上を見上げた。
上空高く、小さな島のような雲が浮いていた。
他の雲は皆、黒龍山の下に浮かんでいるのに、一つだけ太陽の傍に浮く白雲に、チェコは引き寄せられていく。
体は軽い。
スペル飛行で飛んでいるのとは、全く違う感覚だった。
何処まででも飛んで行けそうだ!
雲は、近づくと、とても大きかった。
数年前、遠吠え河に外洋航海の帆船が通った事があった。
王都コクライノに凱旋航海をするために河を遡上したのだ。
辺りの子供は皆見に行った。
チェコも川辺まで走って純白の帆を光らせた、タールで黒々とテカった巨大な船を見た。
あれより大きい!
チェコは思わず、雲に手を伸ばした。
綿のようなものを掴むのかと思ったが、手は雲の中で、ヒヤッとしただけだ。
あれ、と手を出してみると…。
少し、濡れていた。
雲、触れないのか…。
少し残念だった。
綿じゃないことぐらいは判っていたが、なにか掴めさえしたら、ポケットに入れて持って帰りたかった。
きっとヒヨウやタッカーも驚くだろう。
チェコは、雲の上に浮かんで行った。
あれ!
チェコは叫ぶ。
陽の光りを浴びて純白に光る雲の上に、小屋が建っていた。
壁の全く無い、柱と屋根だけの小屋だ。
実際には、豪華な宮殿の庭園などに作られる東屋等と呼ばれる雅な建物なのだが、そんなものはチェコは、存在すら知らなかった。
八角型の屋根の下に、鮮やかな緑の柱があり、中に老人が座っていた。
「え…、あれ!」
チェコは、思わず急加速し、東屋に飛んだ。
「ダリア爺さん!」
ダリアは、登頂部の薄くなった白髪頭を掻いて、パイプタバコをブカァと吐き出し、
「やれやれ、
こんなに早く、お前がここに来るとは思わなかったぜ…」
と、苦々しく顔をしかめる。
「え、どういう事?」
何か悪いことしたっけ、と思いながらチェコは聞いた。
「お前が静寂の石を使いこなしやがったんで、ワシは錬金術の第一講座をしなきゃならなくなった、って訳だ」




