冥獣アドリヌス
「冥獣アドリヌス。
チェコが女王様から貰った召喚獣だよね。
何で使っちゃいけないの?」
タッカーは、ポカンと聞いた。
「ここは鬼の古井戸の真上だぞ!
鬼の古井戸には、世界中から冥府が集まってくるんだ。
こんなところで冥獣アドリヌスなんか使ったら、ゴロタどころの騒ぎじゃ無くなってしまう!」
ヒヨウは叫んだ。
「世界が、そのまま壊れてもおかしく無いんだぞ!」
タッカーは目を丸くした。
「スペルで世界が壊れる?
まさか、そんな大袈裟な…」
ネルロプァの樹上でヒヨウたちが話している頃、チェコの目の前には巨大な召喚獣が姿を現していた。
それは初め、眩しい晴天の光の中にポツンと現れた、闇の塊のようだった。
空中にプカリと浮かぶ、小さな闇。
黒い羽虫が蚊柱のように群れ飛んでいるようにも見える、一瞬づつ姿を変えている歪な小さな球体だ。
その闇が唐突に、パチリと目を開く。
白目が怪しく光り輝く中に浮かんだ漆黒の瞳が、まじまじとチェコを見る。
その目玉のある闇に、どうやら羽虫が増えるように、闇が少しづつ集まってくる。
あ、と思ううちに闇の塊は、最初の数倍に育ち、怪しく光る目の横に、もう片方の目が、ゆっくり開いていった。
闇は、尚も育っていく。
どんどんと…。
黒雲のように広がり続け、やがて二つの白眼が怪しく輝く下に、純白の牙が二本、艶やかに現れた。
「不味いぞ。
あれは、ここでは無限に育ってしまう」
ヒヨウが叫ぶ中、床に座り込んでいたウェンウェイが、階段の手摺の支柱越しにチェコを見ていた。
「あ…、あれは不味い。
あのカードを手に入れるしか無いかな…」
ウェンウェイは、呟き、動こうとするが、足の痛みは鋭く、ガタンと、体を倒してしまう。
りぃんのお陰で一晩は足が繋がっていたとはいえ、その程度の時間では、折れた足は繋がらない。
ぐっ…。
呻きを噛み殺し、ウェンウェイは両手で、階段を這い登って行った。




