祓い師
ミカの右目のあった場所に、大きな穴が口を開けていた。
それはどうも、ただ目玉が消えた、というだけでは縮尺の合わない、大きな穴に、チェコには見えた。
ミカは巨大なプルートゥの手の上に器用に立ち、全く動かない。
しかし、死霊もまた、動きを止めていた。
「一体、何が起こってるんだ…」
チェコは首を傾げた。
「うん…。
何か聴こえるようだな…」
ヒヨウが、平地の人間よりも、遺伝的に少し大きな、通称、エルフ耳、に手を当てた。
チェコも耳を澄ませた。
「…ごろ…りゃん…しん…」
何か、呟きのような声が聴こえる。
だが、その声はプルートゥのものでも、ましてや少女であるミカの喉から漏れてくるものでもない、男か、もしかすると老婆のような声だった。
「…く…たね…おろ…むん…」
いつの間にか、死霊たちの姿が、微かに揺らいでいた。
「とう…まき…かろ…おん…」
死霊たちを形作っていた糸が、少しづつ解れていくようだ…。
そして、どうやらミカの目は、いや、かつて右目であった大きな穴は、姿の崩れ始めた死霊を、ゆっくりと吸収していく様子だ。
「あれは解呪法の一つか。
呪文と、あの穴で、死霊たちを解呪してんのか?」
タフタは、疑問文の文法で語っていた。
うーん、とウェンウェイは唸り、
「よく聞こえないが、遥か北の国ユルトゥークでは祓い師というものが多くいると聞くかな。
そこでは、ああいった呪文と、穴によって死霊を祓うとは聞いたことがあったが…」
その穴がまさか、己の肉体にあるとは思わなかった、とはウェンウェイの口からは漏れ出なかった。
「…して…うた…こいこ…おど…」
今や、死霊の形は殆ど崩れ、煙のような黒いものが、渦を巻いてミカの右目の穴の中に吸われていた。
風の音すらなく、ただボソボソと老婆のような声が何かを語る、いような抑揚のある呟きだけが空に響いていた。




