ミカの帽子
もくもくと立ち昇る黒煙の中でも、プルートゥは軍帽の一ミリも乱してはいない。
ただ、黒いマントで全身を包んでいた。
「OK…。
ここでアースを使っちゃいけないらしいな…。
判ったか、タッカーボーイ?」
タッカーはよろよろと立ち上がる。
自慢のコートは黒焦げで、埃を叩こうと手を触れた途端、粉末化して飛び散っていった。
コートの下には、スパッツと、同じ素材のピッチピチのTシャツで、タッカーは、ひぃ…、と両手で、それを隠そうとする。
「タッカーちゃん。
ちょっと、その服、趣味、悪いわよ」
と、プルートゥと同様、汚れ一つない包帯少女は、笑いを含んで、小言を言った。
「ち…、違いますよ!
これは僕のアンダーウェアなんです!
身体機能を優先したウェアなんですぅ!」
包帯少女は、口を押えて、囁く。
「コートの下にアンダーウェア?
ター君ったら、意外とナルシー?」
タッカーは顔を赤くして。
「違うったら! 違うったら!
なによ、ミカちゃんだって、その帽子とか、かなり浮いて…る…」
言いながらも、タッカーは、しまった…、という顔をした。
ミカの奥で、プルートゥも、バカッ、と声には出さずに口を動かした。
「…え…」
ミカと呼ばれた少女の、唯一露出した大きな金色の瞳が、凍り付いた。
「う…浮いて…る…?」
瞳が、みるみる涙で濡れ始める。
「あー違うの、違うの、ミカちゃん。
僕ってほら、童貞じゃん?
女の子と話したことなくって、男友達に言うみたいに、つい言っちゃったんだけど…」
タッカーは目まぐるしく頭を回転させて、
「その。
最近のコクライノの下町言葉ではさ、浮いてる、って言ったら、もう最高にイカす、ってことなんだよ!
判るでしょ?
僕、ダウンタウンキッドだから、ハハハ。
タッカー、お前のそのコート、最高に浮いてるぜ!
とか、言われたもんよぅ、アハハハハハ」
「イカす??」
「似合ってる、っていうか。
それ以上、みたいな!」
タッカーは必死に笑った。
それにつられたか、ミカは、ニッコリと笑った。
「そうだったんだ!」
両手で大きな帽子の、長い鍔を持ち、ミカはクルリと回った。
「この帽子はね、私の師匠から貰ったの。
それで、師匠はね、師匠の師匠から貰ったんだよ!」
アハハハ、タッカーは笑いながら、カバンを開き、替えのコートを取り出すと、必死に笑いながら、アンダーウェアの上に羽織った。




