黒ナマリ蛇
「いいわ…」
キャサリーンは、さっと、長い、ウエーブのかかった赤い髪を指で掻き上げ、草を飛ばして立ち上がった。
「ともかく、行くわ!」
歩き出そうとするのを、チェコが遮り、木の枝で草を叩いた。
ジャ…、と小石を転がしたような音とともに、黒い蛇が飛び出してきた。
パトスが器用に、前足で蛇の首を押えると、噛み切った。
「ほら、これが黒ナマリ蛇。
こいつがいっぱいいるんだ。
毒蛇だよ。
まぁ、死にはしないけど、凄く腫れて痛いよ」
チェコは首の切れた蛇を拾い上げた。
蛇はまだ動いていて、チェコの手首に巻き付く。
「そ…、それ、どうするのよ…」
「これは後で腹を裂いて、リュックからぶら下げておくんだ。
二、三日したら食べられるよ」
キャサリーンは、広い草原を見渡した。
チェコの言っていた丘と言うのは、はるか先で、しかも、そこは迂回して、その、もっと先に進むのだという。
「近道とか、無いのかしら?」
「近道は危険なんだ。
ゴロタの森には、ゴロタがいる」
「ゴロタってなに?」
「ゴロタは、途轍もない大きさの熊だよ。
普通の熊の三倍あるの。
それで、十倍速くて、二十倍強いんだ。
この黒龍山、最強生物」
「こ…、こんな麓に住んでいるの?」
「山奥より、下の方が広いし、餌も豊富だし、最強のゴロタは誰でも避けるから、近づかない。
だから、一番いい場所に居るんだよ」
さぁ、早く行こう、とチェコは急かした。
「日があるうちに猟師小屋に着かないと、夜の山には、山女や黒ヌリや山人や、片牙や鎧骸骨が出るんだよ」
また名詞の羅列だ…。
「な…、なに…それは?」
チェコは枝を振るように促す。
キャサリーンは、バサッと草を叩いた。
すると、何かがガサガサ、と慌てて逃げて行った。
悲鳴を上げるキャサリーンにチェコは、
「何でもないよ。
ここら辺は、蛇を食べるイタチも多いんだ」
チェコも草を叩いて歩き出す。
「夜の森は、危ないから動けない。
でも人間の匂いを辿って、怖いオバケがやってくるのさ」
さっき、ずらずらと語っていたのは、オバケの名前であるらしい。




