車輪
「うひょ~。
見てみて、パトス。
熊だよ熊。それも二匹!
それから狼六匹と大トカゲ!
大収穫だよぅ~。
あー、もう、暗くなってきたかなぁ…。
でも、もうちょっとだけ、探したいなぁ…」
チェコは、ほとんど踊りだしながら、歌った。
「馬鹿! チェコ。
命の方がずっと大事!」
仔犬のパトスは、吠えるようにチェコを叱った。
「う~ん、でも本当は、スズメバチが一匹ぐらいは本当は欲しかったんだよねぇ…。
はたらきバチじゃあ、ちょっと心もとないし…。
森って、スズメバチっていないのかなぁ…?」
「いる…。
とても大きい…。
森林オオスズメバチ…言う。
でも、とっても狂暴。
毒蛇より怖い。
…逃げた方がいい…」
「え~、パラライズのスペルで撃ち落とせるじゃない」
「無理!
もし、外したら、一発で殺される!」
「え~」
などと喋りながら森を歩いていた二人は、ふと足を止めた。
「えっ…、これって、馬車の車輪だよね?」
古井戸の森は、エルフが住まう、巨大な森林だ。
馬車が走れるような道など、あるはずもない。
「しかも、こんなに立派な車輪って、貴族の馬車かなにかなんじゃあ…」
その車輪には、よくある武骨な木製のかすがいではなく、きれいに磨かれた金属製のスポークが、見事な幾何学模様に並べてあった。
しかも車輪には、南の国で採れるゴムが、クッションに巻かれている。
最高級の、貴人用の馬車のようだった。
「一体ぜんたい、このふかーい森に、なぜ車輪?」
チェコは周囲を見回した。
森は、木の根と岩石と下生えの雑草、灌木で、普通に歩くというよりは常によじ登り、飛び降りて進んでいくしかないような場所だ。
車輪など、全く役に立たない。
しかも古井戸の森は、もし迂闊に鬼の古井戸に近づいてしまったなら、鬼、と呼ばれる、冥府の番兵に襲われると言われていた。
鬼、の姿は誰も知らない。
見たものは、必ず冥府に引き摺り込まれてしまうので、たとえ大僧正であっても、鬼の姿は知らないのだ。
古井戸の森は、この世で、最も冥府に近い場所だった。
「おかしいぞ…パトス。
ちょっと探してみよう…」
やめよう…、と言うパトスを宥めながらチェコが、下生えの雑草を掻き分けてみると…。
そこに大きなナイフが落ちていた。
「なんだ、こりゃあ…ずいぶん古いナイフだなぁ…」
鞘を抜くと、刃は、昨日、研いだように美しい。
「おいおい、見てみろよパトス!
俺、こーゆーナイフが、前から一本欲しかったんだよぅ!」
チェコは、森の動物だけではなく、良いナイフまで手に入って、頬を紅潮させてナイフに頬ずりをした。
だが、パトスは、全身の毛を逆立てて、唸り始めた。
「ん、どうかした、パトス?」
「…ヤバい…、チェコ、ここはヤバいぞ!」