キリキリ
「キ…、キリキリだよね…」
チェコは痺れたように立ち尽くしていたが、ああ、と叫んで、慌ててカードをスペルボックスに戻し、腰に装着した。
タフタも斧を手にして、唸った。
「判らねぇ…。
キリキリなんて、誰も見た事無いんだからな。
こんな状況だからトカゲの声が、そう聴こえちまうのかもしんねぇし、何も言えねぇよ。
それにな…。
別に、キリキリに襲われた、なんて話は聞いたことがねぇ。
何の気休めにもならねぇがな」
洞窟は、焚き火の赤い光りが揺らめき、深い陰影が踊っていた。
全員が、洞窟の奥に続く穴を一心に見つめるなか、かさ…、かさ…、と原因不明の、地を擦るような音が、洞窟の奥から、確かに聴こえてきていた。
タフタは斧を構える。
ウェンウェイとチェコは、スペルを準備した。
バチ、と薪が爆ぜ、チェコは、うお、と身を竦める。
「パトス、臭いは?」
チェコが聞くが、
「…嗅いだことの無い臭い…」
パトスは答える。
と、思わぬほどチェコたちのすぐ近くで、ハァハァ、と生々しい息づかいが聴こえてきた。
タフタが斧の柄を握る、ギリッという音が闇に響いた。
こつ…、こつ…、と、すぐ間近の岩を踏み締める音が聴こえていたが、焚き火の光りでは、奥の、身の丈程の高さの岩の先は、見通すことは出来ない。
だが足音と荒い吐息は、確実に接近していた。
「…やるしかねぇようだな…」
タフタは囁く。
チェコは、生唾を飲み込んだ。
と…。
洞窟の岩壁の上に、白い手が、チラ、と見えた。
あ…。
チェコは思わず叫んでしまう。
それは、真っ白い、が確かに人間の、しかも子供の手のようだった。




