闇の中
チェコは暗闇に座り込んだ。
急斜面を駆け上がってきたので、息が上がっているが、それよりも…。
今、自分を包む空気の冷たい新鮮さに驚いていた。
俺、もう自分の足で立っているんだ…!
チェコは今まで、ずっと未来永劫、ダリア爺さんの手伝いをして人生を過ごしていくような気も、どこかでしていた。
その生活は、パトスもいたし、ダリア爺さんも口喧しいが優しさもあったし、決して悪い暮らしではなかった。
ただ、いつかはリコ村を出て、スペルランカーになるんだ、と夢を語ってきた。
いつか、という言葉は分厚い綿にくるまれた先のことであり、たぶん隣のグレン兄ちゃんがコクライノに旅立った十七とか、あるいはもっと先なのか、永遠に来ない未来なのか判らなかったが、チェコはせっせとトカゲ人間の旅団にスペルカードを買いに歩き、自分のデッキを組み立ててきた。
しかし、チェコの背中にあるのは真冬には薄い布団と、ダリア爺さんのガラクタだらけの狭い家で、毎日毎日錬金術の手伝いをし、たまに遊ぶ時間が取れると裏口から草原に出て、ウサギのトレースをしたりパトスとじゃれたりし続けていた。
ダリア爺さんは、俺を錬金術師にしたいのかな?
そうも思ったが、チェコの腰にはスペルボックスがあった。
俺のデッキで、いつかは…。
いつもチェコは、そう思っていたが、その、いつか…、はずっと先のはずだった。
だけど俺。
今日、稲妻の落ちる中を走ったんだよ…。
そう。
チェコは、今までのチェコではなかった。
あの稲妻と、雨と雹を浴びて、チェコの中の何かが変わっていた。
今は、ダリア爺さんに育てられている親なし子のチェコではない。
チェコ・アルギンバという一人の若い男なんだ。
四里の吊り橋を渡って赤龍山からハジュクにキャサリーンを送ったら、リコの村に戻るのだとしても、それでも…。
俺は今日、成人したんだから…。
はぁ、と寒い息を吐いて、暗闇を見つめる。
俺は、世界と戦わないといけない。
そう、リュ・ヒヨウやタッカー・トラッテーロと同じように。
俺だって、あの二人と同じ、一人の男なんだ。
闇の中、タフタが火を起こした。
チェコの前に、いつの間にか薪が置かれ、焚き火が燃え始めていた。
すぅっ、と岩屋が闇の中から浮き上がってきた。
チェコは、いつの間にか、自分の両手を前に突き出して、その手の平を、じっ、と見つめていた。
俺…。
この手でスペルランカーを、きっと捕まえてやる…。




