成人
「俺が引っ張るかな!」
ウェンウェイがキャサリーンに手を貸した。
空の唸りは一層大きく、いつ、空、そのものが砕けて落ちて来てもおかしくないほどに、強い旋律を伴ってきた。
チェコの頭に、また雹が当たる。
雨でビチャビチャなので、顔に流れるのが血か水が判らなかったが、とにかく痛い。
だが、稲妻の方が、ずっと恐ろしい。
チェコは、真っ直ぐにタフタの背中だけを見ていたが、その空間に、青い光が、蛇のように天空を走った。
俺、初めて、ちゃんと稲妻を見たかも…。
今までは、大抵は家の中で、パトスと布団を被って過ごしていた。
チェコは今、死の間際で必死に走っている自分を発見していた。
そうか…、そういえば俺、今日…、成人したんだ…。
これからは、誰かに守られて、布団を被ってるんじゃないんだ。
今からは、ずっと、自分の足で、稲妻の中を走って行くんだ…。
それは戦慄に近い恐怖でありながら、微かな喜びでもあった。
チェコは、なにか自分を覆っていた皮膜が破れたかのように、今、目が覚めた気がしていた。
チェコは走った。
幸い、ウェンウェイにはりぃんが入っているので、ほとんどキャサリーンを抱き上げるようにして走った。
「ほれ、見えるか。
あの岩が鬼の岩屋だ!」
タフタが叫ぶのと同時に、稲妻が光り、黒いシルエットで、大きな岩が土から盛り上がって出ているのがチェコにも見えた。
どぅん!
大地が揺れ、チェコの体が、ふわり、と浮き上がった。
ほんの数メートル横に、稲妻は落ち、チェコの頬を石の破片がかすめた。
タフタは、鬼の岩屋の扉を、ぎぃ、と開けた。
「入れ入れ!」
チェコたちは、ほとんど一塊になって、外よりなお暗い鬼の岩屋に、飛び込んだ。




