チャンプ
翌朝、太陽の登るよる前の早朝、リコの村の外れから、一台の荷馬車が、そろり、と動き出した。
村の道を通らず、ダリア爺さんの家から直で裏の草原に出、そのまま草原を横断して黒龍山へ入る、という、乱暴な計画である。
だがチェコは、自分は草原を知り尽くしているから大丈夫だ、と請け合った。
やがて地平に朝日が煌めくころ、チェコたちは既に、リコの村も見えない平原を走っていた。
「ほら、キャサリーン、あれ見える?」
キャサリーンは昨夜、ダリアと日が変わる頃まで飲み明かしていたので、半ば魂が抜け出たような顔をしていたが、ゾンビのように顔を動かせた。
さすがに山登りになるので、赤いドレスは着ていない。
ボーダーのシャツと動きやすそうなズボンにブーツ姿だった。
豪華な赤い髪は、昨日同様、ポニーテールに結ってあった。
チェコが指さした方角に、ウサギが一匹、立っていた。
「あら、ウサギって二本足で立つものなのね…」
酒で枯れた声で、キャサリーンは呟く。
「あれが、チャンプだよ」
「チャンプ?」
「そう。
彼は常に一族のために二本足で立ち、敵が襲ってきたら、それが狂暴なジャッカルでも、巨大な大鷲でも、全く恐れることなく飛び掛かり、撃退するんだ!
本当は、トレースしたいんだけど、出来ないんだよね」
「あら、何で出来ないの?」
「チャンプは餌につられたりしないし、俺が近づけば、同じだけ場所を移動してしまうんだ。
ウサギに悪いことはしないのは知ってるから、俺とは戦わないけど、スペル出来る距離には近づけないんだよ」
「ふーん。
それなら、対等の相手として、交渉条件を提示してみたらどうかしら」
「交渉条件?」
「そう。
よく使うのが、一回、巨人のエキスが使えるようにエンチャントするのよ。
群れのリーダーを務めるような動物は、例外なく頭がいいから、契約が出来ることが多いわよ」
「え、どうやって動物と話すの?」
「本来なら動物用翻訳スペルがいるんだけど、今はパトス君がいるじゃない。
彼は、全ての動物に号令をかけられる精獣なのよ」
「あ、そうか!」
馬車から、パトスがトコトコとチャンプに近づき、何やら話した。
チャンプは、微かに耳を震わせた。
「チャンプ、OKした…」
パトスが振り向いて、言った。
早速チェコはトレースを使う。
召喚獣
ウサギのチャンプ
パワー/3
タフネス/3
常に防御が出来る
だった。




