山の生活
本当は、昔から嫌だったが我慢していた、などは山では通用しない。
嫌だと思ったのなら、その場で言うべきことであり、崖を登る段になってゴネる、等あれば、そういう奴と、一瞬で、山じゅうに伝わってしまう。
だから気に入らなければ断るし、なぜ嫌なのかハッキリと言う。
その分ではタフタは、誠実な山の男、と言えた。
道は少しなだらかになり、広い草原、という感じになった。
だが、目前には、あと五十メートル登るという、一塊の巨大な岩石が、丸く空に突き出ていた。
「ハァ。
大変な登りだったねぇ」
チェコは、薄く浮いた顔の汗を袖でぬぐった。
時折、どぅ、と唸りを上げて、強い風がチェコの体に、ぶつかってくる。
「風の波が、荒くなってきやがったな…」
タフタは空を見上げた。
「風の波?」
チェコが聞くと、タフタは口をへの字に曲げて、
「地上にいると、色々遮るものがあるから、風も波と一緒だという事に、あまり気づかない。
だが、こういう何も遮るものもない場所では、風の流れの濃淡が、よく判るだろう。
ほれ、今、風が動きを変えただろう」
チェコの髪が、ふわ、と動いた。
「あれ、本当だ…。
何で、風が曲がったの?」
「さぁなぁ。
お天道様が何を思っているのか、までは判らない。
判るのは、波の間隔をつかむ、って事だけだ」
「間隔?」
タフタは、しばし黙る、が。
チェコの体に、また、どん、と風が当たった。
「ほれ、こういうものだ。
この先、もっと上に行ったら、風を読まなきゃあ、尾根から転げ落ちてしまうぞ」
チェコは、ふと疑問を感じた。
「ねぇ。
樵って、こんな木の生えていないところまで登るものなの?」
「山を歩ける人間の数は限られているからなぁ。
本当は、木だけ切っていりゃあ楽なんだが…。
色々、そうも言っていられないのが山の生活ってもんなのさ」




