山男
チェコたちは、二つ頭を用意して警戒を続けだが、コカトリスの威力なのか、物悲しいような鳴き声を残し、ドゥーガたちは飛び去っていった。
「はぁ…、なんとか逃れられたみたいだねぇ」
チェコは、大きく息を吐いて、どしん、と座り込んだ。
「判らねぇ。
どのみち、奴らが行ったのは、イヌワシ峠の方角だったぜ。
また、出くわくかもしんねぇ。
坊主、休む暇なんてねぇぞ。
雲が速い。
あの早さだと、やっぱり嵐かもしんねぇ。
急げ!」
チェコは背後の空を振り返った。
綺麗な星空は相変わらず、だが、さっき見たときよりも西の空を真っ黒く潰す暗雲は、はるかに大きくなっていた。
さっき、は、どのぐらい前だったのだろう。
ドゥーガの騒ぎで、全然判らなくなっていた。
雲は、夜空よりも遥かに暗い、地底の暗黒が沸き上がって来るかのように、チェコは感じた。
「ねぇパトス。
タフタさんは、森の中で、どうやって空を読んでいたの?」
「タフタ…、常に風や匂いを気にしている。
雨は、匂い…、あると言ってた。
それに、ああ見えては身軽に木にも登る…。
…ありとあらゆる方法的で…、空を詠んでいた…」
ふーん…。
チェコはタフタを見直していた。
ちさちゃんに失礼なのは、元々、山の男で口が荒いためかもしれない…。
猟師も樵も、山の男は口が荒い。
それは仕方ないのだ、とグレン兄ちゃんは言っていた。
山では、まどろっこしい言葉は使えない。
一瞬遅れれば、相手は死んでしまうかもしれないのだ。
自分も死ぬかも判らない。
少なくとも、一緒に山にいる仲間、一人の命が消えたら、それだけで、その集団の生存確率は低下する。
また、山に死体を残すのは、絶対のタブーだった。
そんな事をすれば、死体は生存者に復讐する。
また、山神様の聖域を汚す行為、でもあった。
だから、その場で回収できれば、必ず背負って山を降りるし、無理なら、仲摩を集めて再度山に入る。
だから人死にがあるだけ、集団の行動は掛け算で過酷さを増していく。
そのため、彼らはあえて乱暴な言葉を使う。
Yes、Noははっきり言うし、嫌なら、どうして嫌なのか、酷いほどに赤裸々に伝える。
その方が、中途半端な気持ちで、互いをロープで繋いで崖を渡っているよりは、ずっとマシなのだ。




