火炙り
兄ちゃん、助けてよぅ…、と、その紫色の唇が喋っていた。
僕は、弟の体の線を、よく覚えていた。
よく二人で湯に浸かり、洗ってやっていたからね。
なで肩の、なだらかな落ち方、襟足の毛の生え方、それに首元の黒子。
間違い無く弟なんだよ。
ただ裸の弟は、後ろを向いたまま身動ぎ一つしないで、その巨大な、醜い唇だけが、どういう訳か弟の声で喋っているんだ。
そして…。
「子供よ、どうするのだ、お前は。
この子を見捨てるのなら、それでも私は、構わないのだぞ」
と、笑いを含んだ、男の声がした。
最初に、扉の向こうから聞こえた声だ。
僕は自然と、声のする方に目線を上げた。
そして、あっ、と驚いた。
暖炉だと思っていたのは、部屋の中央に立てられた一本の柱を燃やす火炙りの炎だった。
そして、その柱には一体の、幼児ぐらいの藁人形が、釘で打ち付けにされていた。
人形の顔には麻袋が被せてあり、その額の真ん中辺りに、釘が深く刺さっているんだ。
それは一年に一回、春節の祭りに豊作を祈って燃やされる、もくじんさま、と呼ばれる人形、そのものだったんだ。
それが神に対する生け贄の代わりなのを、僕は知っていた。
「お前が見捨てれば、この子は正式に私のものになる。
お前が逃げれば、それを承認することになる。
私がこの子を手に入れるには、四八日間、人々がこの子を見つけられないか、または見つけた人間が、この子を見捨てた時だけだ。
だから、お前は、この子を見捨てて逃げても良い。
私は、お前を追ったりしない。
さあ、どうする?」
僕は、真夜中の薄ら寒い森の中で、全身に汗をかいていたよ。
恐怖の、汗だ。
喉はカラカラに渇いているが、皮膚からは、止めどもなく汗が流れていた。
「…あの…僕…、大人を連れてくるから…」
なんとか僕は、そう、口を開いたんだ。




