逆上がり
チェコは咄嗟、自分の髪を掴むと、そのまま逆上がりの要領で体を逆立ちさせ、自分の髪束を靴底で挟んで、体を固定させた。
チェコの、本当に面前を、陰狼の、チェコの顔より巨大な手の爪が、通り抜けていった。
まるで松の樹皮のように、深い溝が縦横に走った、黒く汚れた爪だ。
強い、腐敗臭が、鼻に刺さった。
しゅる、とチェコは、自分の髪を短くしていく。
陰狼の、黒く濁った瞳に、チェコが映った。
「ちっ、もっと近づけば、ブーフをバブルに閉じ込めてやれるのに!」
ブーフも、それは懲りているらしく、遠巻きに、激しい憎しみのこもった目で、チェコを睨んでいた。
と、
「チェコ、横二逃ゲテ!」
りぃんが叫んだ。
チェコが、ぴょん、と髪を伸ばして、数メートル、横に動くと、木の枝に、紫色の不定形な塊が、体の一部を触手のように、素早く伸ばしてきた。
「ええっ…、粘菌!
俺の猿は?」
「おそらく、あの粘菌は、新手である」
エクメルが告げる。
「じゃあ、こっちも新しく猿を…」
「一枚しかカードを持っていない場合、その戦いの最中には、再度の使用は出来ない。
それはデュアルも実戦も同じ、なのである」
チェコは、息を飲んだ。
「え、ヤバッ!」
チェコが叫んだ時には、振り返った陰狼が、新たに、巨大な手のひらを、チェコに向かって振り下ろしていた。




