リコの村
チェコたちは、森の入り口の塩杉の巨木を越え、森の外に出た。
とはいえ、古井戸の森は、二つ角山脈の二つの山、黒龍山と赤竜山に挟まれているため、しばらくは山道であり、森林が続く。
ただし、塩杉の外には道があり、馬車で入れるようになっている。
その森の脇に、無造作に一台の荷馬車が乗り置かれていた。
荷馬車と言っても四輪の車の上に、木の板で荷台を作っただけのものだ。
チェコは荷物を荷台に積み込むと、御者席に座った。
キャサリーンは隣に、パトスはチェコの膝の上に座った。
チェコは、スペルカード、駆動、を馬車の前に縦に貼った。
馬車が、軋みながら動き出した。
森の道を二十分ほども走ると、森林を抜けて、広い水田地帯が見えてくる。
その道をしばらく進むと、はるか前方には大河、遠吠え川が滔々と流れていた。
リコの村は、その川と平行に走った先、小さな丘の上だった。
馬車を、遠く木立の上から見つめる、三つの影があった。
「あいつら、村に入ったわ。
確か…リコとかいう寒村よ」
少女が、手に持った茶色い手帳を見ながら、言った。
「ねぇ、プルートゥ。
今度は、あたしに戦らしてくれるんでしょう?」
少女の頭には、体を覆うほどの大きなハットが被られていた。
赤茶色い革製の、風雨にさらされて色が抜けたようなハットだ。
彼女は、高木の枝に何気なく立っていたが、履いているブルーのスエード靴は、厚底で、ヒールも高い。
青と黒のグラデーションのドレスを纏い、手には可愛らしい日傘を持っていたが…。
ドレスから出た、手も足も、そして顔までもが、左目だけを残して、真っ白い包帯で覆われていた。
包帯から唯一覗いた左目は、ぱっちりと大きく、睫が長く、影が深く、そして…。
金色の瞳をしていた。
「待ちな。
村を襲ったりしたら、憲兵ざたになっちまう。
おそらく、奴ら、明朝早くに出発するはずだ。
そこを狙う。
分かったな」
プルートゥは、白い歯を剥きだして笑った。
軍人風の帽子を被り、黒いマントで全身をくるんだ大男だった。




