悪いヌチ
テール兄弟が、本当に悪事を働いたのか、チェコは知らない。
今まで、すっかり忘れていた、遠い村の出来事だった。
「え、冥府に入れない、って…?」
「冥府に入れないのは、尋常じゃないかな。
普通、生きていればいさかいも起こるし、人を殺す事も、ままあるかな。
俺だって三度、戦争にも出たし、この辺の村人だって村同士の争いで何人死んだ、なんて毎年、そんなことはあるものかな。
冥府に拒否される理由は判らないが、とても恐ろしい事かな」
チェコには、布一枚挟んだ外に立っている、生きていれば、たぶん同い年ぐらいだったはずの少年の姿が、なにか鮮やかに目に浮かぶようだった。
冥府から拒絶された、死ねない魂…。
ゆっくりと、一本づつ、背中の毛が逆立っていくような気がする。
「…でも、兄弟は会えないの?」
兄に執着している、と言っていたが…。
「弟は、いつもは、もっと上の四里の吊り橋辺りにいるバスだったかな。
いつまでも、兄が来るのを待っているかな」
「それで冥府に行かないでいるのか…」
「、、それは、、いけないこと、、あまり長く、、魂の状態でヌチを晒していると、、悪いものになってしまう、、
片牙は、、もう救えない、、
でも、、まだ三年前なら、、もしかしたら、、ヌチが汚れていなければ、、」
えっ、と、チェコは叫ぶ。
思わず、起き上がるが、ウェンウェイは鋭く叱った。
「駄目かな!
何人も猟師が諭しているかな…。
あの弟は…、人には危害は加えないが、もう人ではない、と全ての猟師が言っているかな…。
その…、とっくに悪いヌチになってるかな…」
チェコは、胸が痛かった。
遠くの村、とは言うが、パトスと行ったトカゲ人間の旅団より、ずっと近くの話だった。
そこに、誰にも助けて貰えなかった幼い兄弟が、確かに生きて、今、布一枚の外側に、その人間ではなくなったヌチは、立っていた…。




