氾濫
テール兄弟!
その名前は、チェコも耳にしたことがあった。
東の農園で兄弟は育った。
だが六年前の遠吠え川の大氾濫が、兄弟から全てを奪った。
家族も失い、農地は一夜で泥に沈み、幼い兄弟は身寄りも無かったので、荒れ果てた、ほんの僅かな自分たちの土地で、一本だけ残ったリンゴの木の下に野犬のような穴を掘り、その中で暮らした。
近くの寺や、面倒見の良いはずの地主は、しかし彼らを助けようとはしなかった。
なぜなら、テール兄弟は、そもそも南の最果てエムールの地から流れて来た、肌の黄色い人間だったからだ。
なぜ流れてきたのか、どうやってその土地を買ったのかも、今となっては判らない。
泥が全てを押し流していたし、兄弟は幼く、頼りなかった。
ただ、肌は黄色く、黒い髪を生やした幼い兄弟は、誰の助けも受けることなく、この異国の地で、野犬同様に暮らし、ただ、リンゴの木だけを頼って生きて、育った。
子供どころか大人まで、兄弟を見れば石を投げて追い払った。
いつしか兄弟は、人としては見られなくなってしまっていた。
だが兄が十三になる頃、一人の旅人がこの地を訪れ、どうしたなりゆきだったのか、兄弟の土地にテントを張った。
数か月は、そうして兄弟と旅人は暮らしていたのだが…。
ある日を境に、兄弟がテントで暮らし、旅人の姿は見かけなくなってしまった。
旅人は、長い旅の途中だと言っていたし、兄弟にテントを与えて旅立っただけかもしれない。
だが、それから兄弟は分不相応な金貨を持って、街で買い物をするようになった。
野犬同様だった体を綺麗に洗い、身ぎれいな服も身に付けた。
村人たちはいつか、旅人は或いは、殺されたのではないか…、そんな噂も囁いた。
そしてどうやら…。
兄は、村の娘と恋をしたようだった。
その発覚は、村人にとっては、許しがたいものだったようだ。
ある夜、テントは焼き討ちにされ、兄弟は黒龍山に逃げ込んだ。
だが、兄は村人を深く恨んだ。
焼き討ちに参加した家は、放火され、畑を荒らされ、そして一人、一人、と殺されていった。
三軒目の農家が襲われたとき、見張りをしていた弟が掴まり、兄は自ら出頭した。
弟に罪はない、と兄は訴えたのだが…。
三年前、兄弟は仲良く、隣り合った木の柱に吊るされ、首をくくられて河原に晒された。




