夕陽
「誰も悪く無かったかな。
お父上は、お前と母君を愛していたかな。
母君も、もちろんお前を大変慈しんでおられたかな。
だが、後から政治上の問題があることが判ったかな。
無論…。
そんなことは下らないかな。
だけど…。
人の世界は、下らなくとも、それじゃあ済まない問題と言うのも、たまにあるかな。
本物は、ただ大昔の些細な因縁に過ぎない事でも、それが一つの一族と、別の一族のこと、のように人間の単位が大きくなってくると、もう終わったはずの、大昔の些細な因縁が、とても大きな障壁になってしまう事も、あるかな。
そう…。
これは、単なる不運かな。
サイコロを転がせば、六が出る事もあれば、一が出る事もある。
お前は、たまたま一の目を引いてしまったかな。
だからダリアが、密かに国を脱出し、長い旅をして、このヴァルタヴァ皇国にたどり着いたかな。
しかし不運は、いつまでも続かないかな。
いつか、違うサイコロの目だって出てくるかな…」
まろびとは、赤すぎる夕陽を見ながら、ボソボソと言葉を綴った。
チェコは…。
ズズッと茶をすすり。
「…俺、本当は、捨てられたんだ、と思ってたんだ。
ダリア爺さんは、父さんから預かった、とか言ってたけどさ、でも、村の中でも一番貧しい暮らしだし、いつも虐められてさ…。
でも…。
今日は、とっても嬉しいよ…。
本当が判る、って、こんなに嬉しいものなんだな…」
チェコは、焼けたように赤い空を見上げて、声を上げて泣いた。




