エルフの戦士
「気がついた!」
エルフの少年が目を覚ますと、チェコが少年の兜を取り、頭に濡らした布を乗せて、冷やしてくれていた。
「あ…、やられたのか」
エルフの少年は呻いた。
へへへ、とチェコは満面の笑みで。
「兄貴に一体だけもらったのさ、呪われた石像」
「十の命を生贄に捧げて召喚するパワー、タフネス十の石像か…。
こんなバカなものを使う奴がいるとは思わなかったぞ。
驚いた」
チェコは、いや~、ここまで上手くいくとは~、と照れながら。
「なぁ、いいだろ?
森で動物をトレースしても」
エルフの少年は溜息をついた。
チェコは、勝手に森に入ることも出来たのに、わざわざ自分が目覚めるのを待っていたのだ。
「仕方がない。
通行証を発行してやる。
しかし、絶対に、お前が古井戸の森に入れるのは秘密にするんだぞ」
「もち、もち。もちろんだよぅ!」
チェコは大喜びだが、そのままの姿勢で、エルフの少年を見つめていた。
「なんだ?」
「もし良かったらぁ、なんだけどぉ…。
君も、トレースさせてくれないかなぁ…。
エルフなんて、強いに決まってるし、さぁ…」
「なっ!」
動物のトレースは、動きを止めさえすれば出来るが、人や精獣のトレースは、本人の許可が必要だ。少なくとも、表向きは…。
エルフの少年は頭を掻いた。
少年が気絶している間にトレースすれば、少なくとも一体のエルフは手に入ったかもしれないのに、そうぜずに、チェコはエルフの少年を待っていたのだ。
はぁ、と肩を落とし、エルフの少年は、頷いた。
「判ったよ。
俺の名はヒヨウだ。
字はリュ。
リュ、ヒヨウと言う」
名前を教えてもらってトレースすれば、それは特別な一体になる。
チェコはトレースのスペルを唱え、焼き付ける紙をかざした。
「うおぅ、エルフの戦士、リュ・ヒヨウだって!」
ヒヨウは、大喜びのチェコを見上げた。
「その…、もし良かったら、君もトレースさせてくれないか?」
チェコは大興奮して喜んだ。
「もちろん!
俺、チェコ・アルギンバ!」
「アルギンバ?」
「ああ。珍しい苗字だろ。
村には、他にいないんだ。
俺、赤ちゃんの頃、爺さんに預けられたから、アルギンバは村に一人なんだ。
大きな町にでも行けば、いるんだろうけどね」
ヒヨウは、なかば畏れながらトレースの呪文を唱えた。
トレースカードに、文字が浮き上がってくる。
ヒヨウは、現れたものを、茫然を眺めた。
(…アルギンバの末裔…)
まさか…、本物のアルギンバだとはな…。
ヒヨウは呻いた。
よくチェコを見てみれば、なるほど黄金色の髪の毛に、黄金の瞳。
これで体のどこかに、アルギンバの証が現れていたりしたら…。
「なぁ、なんてカードになった?」
人懐っこくカードを覗き込もうとするチェコからカードを隠し。
「ばっ、馬鹿。
お前などは、村の小僧に決まっているだろうが!」
ヒヨウは、つい、怒鳴りつけていた。
「あー、まぁ、そうだよなぁ。
弱くてごめんな…」
弱いどころではない…。
今の俺のアースでは、召喚も出来ない強大なカードだ…。
そして、それ以上に…。
こんな召喚を使ったりしたら、俺がアルギンバの末裔を知っていることが、他人に分かってしまう…!
それだけで、命すら失いかねないカードだった。
「チェコ。
お前、軽々にアルギンバなどと名乗るものじゃないぞ。
なにか…、そうだ、爺さんとやらの姓を名乗るわけにはいかないのか?」
ああ、とチェコは笑って。
「爺さんにもそう言われてんだけどさぁ。
君にも名乗ってもらったし、俺だって、本当の名前を名乗らなきゃ、と思ってさぁ」
弾けるような笑顔で、チェコは笑う。
ヒヨウは、奥歯を噛み締めた。
そんな笑顔で言われたら、迂闊に裏切れなくなってしまうだろ…。