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スペルランカー  作者: 六青ゆーせー
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プラゥモゥル

古井戸の森の地面をはるかに見下ろす樹上に、エルフの村、プラゥモゥルはあった。


樹高百メートルという、他に例を見ない巨木塩杉。

その生命力はものすごく、塩杉の木から木へ、塩杉の木材を横につなぐと、まるで接ぎ木のように一本の塩杉になる。


プラゥモゥルは、そうやって出来上がった、連結された百七本の塩杉の集合体だった。

そして、全てがつながっている以上は、プラゥモゥルは一本の塩杉である、とも言い換えられた。


そんな独特な、硬い樹皮の上を、一人の少年エルフが項垂れながら歩いていた。


リュ・ヒヨウである。


昼間、リコ村の少年チェコに通行証を発行し、その手続きを今しがた、プラゥモゥルの管理部で済ませて来た。

後は、温かい食事の待つ実家のある樹まで帰るだけ、だったのだが…。


ヒヨウの足は、実家とは別な方向に進んでいた。


あのリコ村の少年…。


その正体は、ヒヨウの持つ召喚カードが、いとも簡単に暴いていた。


アルギンバの末裔…。


かの古代王朝、アルギンバ一族の血筋の者なのだという。


古代王朝アルギンバは、別名、魔王朝とも言われていた。

この広大なラドムの地を、唯一完全に統一した王朝こそがアルギンバ王朝だった。


その王政は十八代三百年の長さにわたったが、その悪政と、魔と流血に彩られた暴虐非道な邪神崇拝を打ち破るべく全世界から集ったのが、後の八候二四爵、つまり現在の三二国共同体である。


三二国共同体になってより、十三回の乱があったが、アルギンバの一族は、その全てにかかわっているという。


もしも…。


もしも、ヒヨウが、この召喚カードを持ってヴァルダブァ王国に申し出れば、チェコはその場で捕らえられ、打ち首か、磔か、あるいは人々に晒して混乱を与えるのを憚れば、人知れず、どこかに葬られるかもしれない…。


だが…。


あの笑顔。


とてもチェコが、そんな大乱を招く血筋とは、ヒヨウにはどうしても思えない。


或いは、それこそが魔人とも言われるアルギンバの血筋のなせる幻惑で、ヒョウは既に、かの魔力に囚われてしまっているのかもしれなかったが…。


ヒヨウは塩杉の間を連結した柱を渡り、一本の大樹の前に立った。


目の前には、丸い木製の扉がある。


これは塩杉の連結に使う木の枝を切った後に傷をつけ、数年がかりで作った天然の木のウロだった。

これが、エルフの家屋だ。


ヒヨウは真円に近い扉をノックしようとしたが…。


木材を叩く前に、入りなさい、と声がかかった。

分厚い扉を開くと、こじんまりとした部屋になる。


全てのエルフは、こういった部屋に住む。


エルフの家には、窓もなく、仕切りもない。


入り口近くの大きな椅子に老人が一人かけており、奥にはベッド、部屋の中心には、幾つかの棚が背中合わせに置かれていた。


天然の木のウロなのだから窓などないのだし、壁は全て曲線なので、棚が部屋の中心に置かれるのだ。


聖なる樹、塩杉に迂闊に傷などは付けられないので、樹の曲線に合わせて、エルフたちは生きているのである。


唯一、ストーブだけは部屋の中心近くに作られていて、その細長い管は天井を走り、入り口の真円のドアの横から、外に出ている。高所なので、住居の密閉度は高いとはいえ、思いのほか、冷えるのだ。


「長老様、お話ししたいことが…」


ヒヨウは、小さな声で言った。


白い髭に包まれれた長老は優し気に笑い、近くの椅子をすすめた。


ヒヨウは、よじ登るように椅子に上がった。


「どうしたのだね…」


「今日、リコの村の子供に、通行証を発行したのです」


証然と、ヒヨウは言った。


「おお、聞いているよ。

君にスペルで勝ったとかいう少年だろう?


君が認めた少年ならば、それでいいのだよ」


「それは…、そうなのですが…」


ヒヨウは、懐から一枚のカードを取り出し、長老に渡した。


長老は、無言でカードを見つめていた。


ふぅむ、と微かに唸り…。


「アルギンバの血筋だったか…。


ヒヨウ、君は学校で、アルギンバをどう習ったかね」


ヒヨウは、魔の王朝としてのアルギンバのことや、十三回の乱のことなどを話した。


長老は、うんうんと頷き。


「この八候二四爵の世界では、それは正しい。


判るか?」


ヒヨウは首を傾げた。


「それ以外に、何かあったのですか?」


長老は、白い髭を撫でながら。


「それは勝った者の歴史なのだ。

アルギンバ朝は、そんなに非道な王朝でもなかったし、今とは違う宗教を持っていたが、けっして邪教などではなかった。


自然の、沢山の神に感謝する、優しい宗教。


そう、エルフの宗教と、とても良く似た宗教を信仰していたのだよ」


ヒヨウは、びっくりした。


「では、歴史は嘘なのですか!」


「この八候二四爵の世界では、それが本当の歴史なのだ。

そういうことは、数多くある。


現実を、常に疑いなさい、ヒヨウ。

そうすれば、賢くなれる」


「では…、チェコには心配いらないと…」


心が軽くなって、ヒヨウは笑顔を浮かべた。


「その子は、君が思う通りの人間だろう。

だが、世の中には、名のある人間を利用しようとする邪悪な者たちが、必ずいる。


ヒヨウ。

お前に、一枚のスペルを授けよう」


長老は立ち上がると、本棚からファイルを取り出し、ヒョウに渡した。


スペルカード。


捜索


「これは、人を探し出せるスペルだ。

ヒヨウよ。


今から君に、一人前のエルフとしての最初の任務を与えよう。


今から旅支度をして、彼を探し出し、彼と行動を共にするのだ。


毎日、私に、どんな詰まらぬことも、この魔石を使って、報告しなさい。

そして、彼に、邪悪が近づかぬよう、心を配るのだ。


さあ、ヒヨウよ。

エルフは君と共にある」


ヒヨウは、人差し指を額に付ける、エルフ独特の祈りのポーズをとり、エルフの祖伸アムワックに心を集中させた。

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