運
チェコは慌てて水に潜ると、ただ必死に泳いだ。
下手に足をついて、もし底が泥だったら、動けなくなって、それで終わりだった。
水を掻いた手が、ヌルンとした物に触れた。
ハンザキの体のどこかだ!
チェコは、ハンザキの体を辿るように、その内側を目指した。
外に逃げたら、たちまち吸い込まれてしまう。
ハンザキの腹の下にでも潜れば、奴だって手は出せまい。
残念なことに、息も出来ないのだが…。
チェコは、ヌルヌルの体を片手で触りながら進んで行った。
ハンザキも、自分の体に触れられているのは、さすがに解るようで、大きく暴れた。
水が波立ち、チェコの体中に粘液がまとわり付き、もう、上か下かも判らない。
ただ、逃げ続けなければ食べられてしまう。
必死で体を動かしたチェコは、突如、強力な力に、撥ね飛ばされた。
おそらく、ハンザキの足か尾に当たったのだろう。
空気中でなら死んでいたかもしれないが、水の中だったので、チェコは滑るように水中を飛び…。
スピードを落としながら、岩にぶつかった。
チェコは、運を持っていたようだ。
ハンザキの体液が、チェコの体中にべったりまとわり付いていたため、尖った岩で体を傷つけることなく、ツルン、と岩を滑り、上手く大きな岩にしがみついた。
と、その直ぐ横をーー。
真っ黒い影が通り過ぎた。
あっ!
岩にしがみついて、やっと空気を吸ったチェコは、驚きの声を上げた。
チェコの体がハンザキの体液まみれだった事が、ハンザキに災いした。
ハンザキは、チェコを食べ損ない、そのままツルンと…。
岩を突き破って、五メートル下の渓流へと、崖を転げ落ちていた。