一歩
ハンザキは、水中で、石のように固まっている。
だが、石でないのは、ついさっき襲われたチェコには、焼けつくような恐怖で痺れるほどに、判っている。
トレースを成功させるためには、出来るだけ、近づきたい…。
が、これ以上、深みに入ると、どう考えても、機敏に動けなくなる。
ハンザキのいる場所の水深が一メートルだとすると、チェコは五十センチしか水の上に出ない。
およそ胸まで水の中だ。
そう…。
ハンザキはただ、待てばいいのだ。
あと二歩、進めばトレースが出来る。
出来るが…。
そのカードが使えるまでに、たぶん、一分くらいはかかり、しかも、出来上がったカードを、チェコが召喚出来るのか、何アースかかるのか、それは不明だった。
逃げられる可能性のあるルートは、二つ。
一つは、後ろに逃げる方法。
だが、これは足場が少なく、綱渡りをするような危険な逃走劇となる。
もう一つの方法は、言ってみれば、空を飛んで逃げる、とでも言うような、ほぼ不可能な妄想だった。
だが…。
チェコが進まなければいけない渓流は、ハンザキの背後に続いているのだ。
前進するしか、道は無かった。
チェコは、ゆっくりと、第三歩を踏み出していた。