必ず
タッカーは、山は全くの初心者で、ウスバ虫の卵も判らない、いわば薪拾いも出来ない都会人だった。
一人で野営をすることはおろか、こんな場合に、どこに行けば安全なのかさえ、全く知らないのだ。
俺が、調子に乗ってトレースなんてしてるから!
チェコは自分を責めた。
だいたい常に、チェコは調子に乗って、余計なことをして失敗するのだ。
いつもパトスにも怒られているのに…。
「どうしよう。
タッカー兄ちゃんのところに戻らないと!」
「チェコ、、とても無理、、自分の安全を考え、て、、」
ちさが、チェコを止めた。
もはや、チェコの周囲は、とても沼とは言えなかった。
ごぅ、と音を立てて、はるかかなたで大木の茂みが崩れ去った。
水は、小山のように盛り上がり、また、飛沫を上げて砕け散り、チェコは浮いているだけでも、やっとだった。
「そうだ!
スペルがあれば!」
思うが、素っ裸で、チェコはトレースのカードだけを持って沼に入って来たのだ。
巨大な波が、チェコの図上に覆い被さってきた。
波に飲み込まれ、チェコは再び水中を漂った。
まずい…!
まずいぞっ…!
これじゃあ、とても、タッカー兄ちゃんは…。
体の力が抜けていたのが幸いしたのか、程なくチェコは水に浮かんだが…。
「チェコ、、早く、、岸に、、戻る、、」
「だって、タッカー兄ちゃんが!」
「もう、、ちさも、、方向、判らない、、」
チェコにも、この荒れ狂った波の中、タッカーと別れた岸がどこだったのか、まるで判らなかった。
「けど…!
タッカー兄ちゃんは、山のこと、全然知らなくて!
このままじゃ…、死…」
口に出そうとして、チェコの背筋を、たった今まで一緒に笑っていた人が、この世から消えてしまう、という真実が冷気になって走り抜けた。
泣きも、叫びもできずに絶句した、チェコの耳に、微かな声が聞こえた。
振り返ると、遠く波間に、ヒヨウが泳いでいた。
「良かった。
無事だったか!」
「ごめん、ヒヨウ、タッカー兄ちゃんは、あの岸にいたんだ。
俺、沼サンショウウオをトレースしていて…」
ヒヨウは、後方を振り返った。
「そうか…。
あの辺なら、おそらく…」
ヒヨウは、一瞬、考え。
「チェコ、お前は、岸に上がって渓流を辿れ!
源泉から、イヌワシ峠はすぐそこだ!
俺は、必ずタッカーを連れて峠に行く。
お前は、イヌワシ峠で待っていてくれ」