笑顔
「ええと…、山って、真っ直ぐ上へは登れないもんなんだねぇ…」
タッカーは、息を切らしながらも、不安げに囁いた。
「道を外れる、と言うのはエルフやベテランの猟師でも普通はしない。
獣道、と言うだろう?
そういうところに嵌まったら、死の危険があるからな。
山で道を外れるぐらいなら、むしろゴロタと出くわす方が多少は幸運、だろうな」
「タッカー兄ちゃん。
ここから上へ上がったとしても、イヌワシ峠には出られないよ。
ここを回り込んで石の墓地を抜けないと、北面の方向には行けないんだよ」
チェコが説明する。
「イヌワシ峠は北面なのかい?」
「そうそう。
ここは南面だからね。
俺とパトスがはぐれた岩場の下らへんだからね」
あ…、とタッカーは口をつぐんだ。
チェコとミカの戦闘のとき、実は離れてタッカーも見ていたのだ。
「…あそこの下なのか…」
もはや、昨日のことだった…。
あれから、ずいぶん沢山のことが起こっていた。
女王に会い、親切な村人にもてなされ、そしてプルートゥが村にやって来て…。
「ごめん皆。
僕、何にも判らないから…」
「ううん。
山のことは俺だって全然知らないんだよ」
チェコが言うと、ヒヨウも、
「猟師やエルフだとしても、山の全てを知ることは出来ない。
山は常に変わるんだ。
季節、天候、草木や全て山に関わる命。
それに、山、そのものの心持ちも一瞬で変わるのが山なのだ。
今は、とにかく安全に歩み続けるのみだ」
と、振り向いてヒヨウは、タッカーに笑いかけた。
タッカーは、驚いていた。
ヒヨウが、これほど人懐っこい笑顔を浮かべる人だったとは、思わなかった。