地底湖
「本当に噛み付かない?
嫌だなぁ…」
タッカーは泣きそうな顔をして、躊躇っている。
後ろにいたヒヨウが、先に水の護り手の口に乗ってしまった。
「パトスの臭いがあるというなら大丈夫なのだろう。
先を急ごう」
言われてタッカーは、腰が引けたまま、爪先から、巨大な魚の舌の上に乗った。
「うわぁ…。
思ったより、グニャグニャしてるよ…」
三人が乗ると、魚は岸を離れ、音もなく地底湖を進み始める。
滝の近くだというのに、水面には波一つなく、濃厚な酒の様にとろついていた。
「僕って、あんまり泳げない系の人なんだよねぇ…」
タッカーは、怖々と水を覗き込む。
「大丈夫だよ、この水温じゃあ、泳げても、そう長くは持たないからさ」
ハハハ、と笑うチェコの言葉に、ええっ! とタッカーは、身を逸らして。
「全然、大丈夫じゃないよ!
浮き輪がないなら、僕、水辺にもいたくないのに!」
「冷たい水を泳ぐときには、身体にイノシシの油を塗って保温するといい。
使ってみるか?」
ヒヨウは、大真面目に小さなツボを取り出した。
「えー、僕って、お肌弱いから、スキンケア的に変なものは塗りたくないんだよねぇ…」
タッカーは難色を示す。
「あ、ほら、多分、あの光が向こう岸でしょう」
チェコの指差したのは、おそらく石舞台から漏れ出る篝火の残光だと思われた。