シュナ様
お待たせしました。
殿下が家にやって来た日から二日後の夕方。
私が獣人のお客様のために開発していたお土産が完成した。
私は、それを特注の桐箱に入れて城に急いだ。
城につくと、直ぐに殿下の私室に案内された。
ドアをノックすると、少し疲れたような殿下のどうぞっと言う言葉が聞こえた。
私がゆっくりとドアを開けると、シュナ様がビクッと肩を跳ねさせて、書類仕事をしている殿下に抱き付いたのが見えた。
殿下はうんざりしたような顔だったが、私の顔を見ると椅子から立ち上がった。
「ユリアス」
「開発しておりましたお土産が完成致しましたのでまいりました。」
白猫の獣人さんが目を吊り上げて私を睨んでいたが、私は気にせず殿下の前に小さな桐箱を差し出した。
殿下はその桐箱を躊躇わずに開けた。
その瞬間、殿下にしがみついていたシュナ様が部屋の隅っこまで飛び退いた。
「これは?」
桐箱の中には紙撚のような物が数本入っていた。
私は自信満々に言った。
「手持ち花火ですわ!」
私は殿下が驚いた顔をしたのを見ると言った。
「獣人族の皆様は耳が良く打ち上げ花火の音が嫌いだと聞きましたので、手で持て安全で音が小さくパチパチと儚い音しか出ない花火を開発しました」
「……ユリアス……」
「そして、この桐箱の内側に蝋を塗り船旅でも火薬が湿気てしまわない優れ物です!」
「いや、ユリアス、あのな」
殿下は桐箱を閉め、言いづらそうに言った。
「ずっと、これの開発をしていたのか?」
「はい」
「だからか……」
「何なんです?」
殿下は深いため息をつくと言った。
「あのな、ユリアス。獣人は耳が良いと聞いたんだよな?」
「はい」
「獣人は鼻も良いんだ」
「鼻?」
「そして……火薬の臭いを嫌がる」
私は自分がとてつもない失敗をしたのだと気がついた。
「火薬は厄災の元だからさ……漸く解った。船からおりて直ぐにユリアスが攻撃されそうになったのも、火薬の臭いがしたからだ」
厄災とは火薬の事。
私の心はシオシオとしぼんでいくようだった。
「も、申し訳ございません。知らなかったとは言え、不愉快な思いをさせてしまいました。御許しください」
私が深々と頭を下げると、真横でスンスンと言う音が聞こえた。
ゆっくり音のした方を見れば、白猫の獣人さんが私の臭いを嗅いでいた。
「シュナ様。この人間カリカリクッキーの匂いがします」
「カリカリ?」
「火薬の臭いがきつくて気がつかなかったけど、カリカリクッキーの匂い」
私は苦笑いを浮かべて言った。
「堅焼きクッキーは私が開発したクッキーですので。今日も持ってきましたのでどうぞお召し上がりください」
私の言葉にシュナ様は瞳をキラキラさせた。
何だあれ!可愛いすぎじゃ無いだろうか?
そして、シュナ様は部屋の角から離れると私に向かって手を広げて近づいてきた。
これは、ハグして良いのだろうか?
私は欲望のままにシュナ様をハグしようと手を広げたのだが、一向にシュナ様が私にたどりつかない。
見ればシュナ様の襟首を殿下がつかんでいた。
「ルド兄様離して」
「はあ?何言ってる。彼女は俺の婚約者だ」
「だから?」
「気軽に触ろうとするな」
シュナ様はホッペをプクーっと膨らませた。
「じゃあ、握手だけ」
「……まあ、それぐらいなら」
殿下が渋々シュナ様を離すとシュナ様は私に躊躇いもなく抱き付いた。
「コラ!シュナイダー!彼女は俺の婚約者だって言ってるだろ!離れろ!」
シュナイダー?って男性みたいな名前だ。
私はシュナ様の頭を撫でた。
欲望を押さえられなかったのだ。
「撫で撫で嬉しい!」
その瞬間、ものすごい勢いで殿下にシュナ様を取り上げられた。
「ユリアス!俺以外の男と抱きしめあうのは許さない」
殿下以外の……?
「シュナ様は女性では?」
「ガッツリ男性だ!」
こんなに可愛いのに男性?
ビックリだ!
「私は殿下がシュナ様と恋仲になってしまうのかと思いました」
私の言葉に殿下とシュナ様は苦虫を噛み潰したような苦い顔をした。
「ユリアス。俺は君以外と恋仲になる気はない」
殿下の言葉に心の中が温かくなった。
「そうでしたか。てっきり二度目の婚約破棄かと」
「本気で止めてくれ」
「シュナ様とても可愛らしいので……」
殿下はゆっくりため息を吐いた。
「俺はどれだけ君に信用されていないんだ?」
シュンとしてしまった殿下を見て、私は言い知れぬ幸福感に包まれたのだった。
長くなりそうなので、切りました。