つぎのつぎのつぎのつぎ
大学に入っても、坊ちゃんは私をそばに置いた。おしゃべりはだめだ、と言ってから勉強する彼の横で、後ろで、私は静かに待っている。
私、坊ちゃんの心を、ちゃんと守れているのでしょうか?
日がな一日、屋敷で彼の帰りを待ち、帰ってきたらそばから離れず、休日もずっと一緒で、ただ、そこにいるだけの日々。
もう、坊ちゃんは私のおしゃべりが必要な年齢でもない。そばで見守っていなくとも、彼には学友がおり、学ぶべきことがあり、母のいないさびしさなど感じている様子はまったくなかった。何か彼の心を乱すものが現れようと、もはや彼は彼の力で乗り越えてしまう。
これは、もう、私の仕事は終わっているのではないのだろうか。いつのまにやら、なにもしないうちに、私の使命は終わっていたのかもしれない。
「私が守る必要はなくなったように思います」
あるときトイレの前で執事に訊ねると、彼は爪先に視線を落としてぽつりと返してきた。
「それでも、そばにあるだけのことが救えるものもある」
「何を救うというのですか。坊ちゃんはもう、一人立ちなさった。いつまでもナニーがいては、逆に彼の成長を阻害します」
「……おまえも、いつの間にか成長していたんだな」
彼は私の頭をがしがしと撫でた。
「アップデートは何度もしていますから」
「そう、だな。本当に人間のようになった。いいことなのか、わからないが」
「それには私も同感です。以前、坊ちゃんのご学友に言われました。私を人間だと思ってそばにおくことは彼のためにならないと。坊ちゃんが私を人間と思うことじたいに問題はなくとも、周囲が私を人間だと思っていないのなら、そこに生じる意識のズレがいつかきっとあの方を苦しめることになります」
「……だろうな。旦那さまも、そのことは少し気にされていらっしゃるようだった」
坊ちゃんの言葉を第一に頼り、信じると言ったことがある。そのために、言葉をくれと言った。
彼はそしてその通りにしてくれたが、何が彼のためになることなのか考える回路と知識を私は手に入れてしまった。もう、彼の言葉だけを行動の基準にするわけにはいかなくなってしまったのだ。
「傷が深くなる前に、私を引き離すよう旦那さまにご進言くださいませんか」
執事が目を見開いた。
「人の傷は、やはり生きているものが癒すべきなのです。私が癒すことであの方が周囲から白い目で見られるのでは、癒す意味がない」
「おまえはそれでいいのか」
噛み締めるような彼の言い方に、私は疑問しか感じない。
「私は譲さまの心を守るために生れたヒューマノイドロボットです。あの方の心を荒らす原因が私にあるのなら、私が私を排除することはプログラムに沿った行動と認識します」
「そうか」
人間のように意思は生まれなかったか、と彼はつぶやいたが、私は思う。譲さまのために、というこの使命こそ私の意思である。誰かにそうするよう仕向けられているのだとしても、私がそれを私の意思として考え行動に移しているのだから偽物も本物もない。
人間に近いロボット。人間のようなロボット。だけどもそれらは人間ではなく、ただの作られたもの。
それでも私は言おう。
ヒューマノイドロボットという、ひとつの種族は人間のために生まれた。彼らのためなら、私たちは身体も記憶もすべてを入れ換えられても彼らのそばにあり続ける。
そして彼らのためなら、自ら廃棄処分を受け入れることも問題なく選択できる。痛みも苦しみもなく、我慢さえせず、人間が朝起きて夜に眠るように、頭をからっぽにしてプレス機に飛び込もう。ヒューマノイドロボットとは、そういうことができる種族だ。
それから数週間後、旦那さまと坊ちゃんの間で話し合いが持たれた。おそらく私を手放すようにと説得なさっているのだろう。
しかし、数分もしないうちに坊ちゃんは部屋を飛び出し、私を連れて屋敷を出た。学業のかたわら、三河社で下働きをしている坊ちゃんは、高校生の頃と違って好きに動かせる金銭を獲得している。屋敷を出てすぐタクシーを呼び寄せ、彼は高速道路をひた走らせた。
窓の外は、ひどい雨模様だった。
やがて車は人里離れた海岸で、私たちを下ろした。
湿気た風が頬をなぶり、小降りになった雨が真っ暗な海を叩いていた。
「どこか宿に入ろう、イエル」
坊ちゃんは沈んだ表情で、そう言う。あたりに背の高い建物はなく、小一時間高速道路を走っただけで素朴な田園風景が私たちを出迎えた。
きっと坊ちゃんが普段使うようなホテルは近くにないのだろう。彼は小さな港町を突っ切って歩き、高台の古民家に宿をとった。坊ちゃんいわく、一時期古民家ブームとやらがきたらしいが、今はもうみんな別の流行に飲み込まれて利用客が少なくなっているという。
「流行とは、薄情なものですね」
「……そうだな。人は飽きっぽいから」
独特の色味をした床を軋ませて、私は坊ちゃんのあとに続いて宿の中を歩く。玄関があって、靴を脱ぐところがあって、誰かとすれ違うこともできないような狭い廊下を行くと、キッチンがあった。銀色の流しには三角コーナーが置いてあり、クッキングヒーターではなくガスコンロが二つ設置されている。あれはどうやって熱を起こすのだろう。あのつまみを回せばよさそうだが、本物の炎を灯すとなると火があちこち飛び移りはしないものなのだろうか。さらに奥には小皿一枚しか入らないような旧式の電子レンジ、しゃがまないと中が覗けないほど背の低い冷蔵庫が完備されていた。もはやここは台所と呼んだほうが正解かもしれない。とても日本的で、昔の人々の暮らしを垣間見せてくれる古きよき光景だ。お味噌汁がよく似合
う。
「はじめて見るようなものばかりなのに、なぜだか懐かしい感じがする」
坊ちゃんは台所を目を細めて眺めてから、私の手を引いて曇りガラスの戸を開けた。畳敷きの居間があり、煙った海の姿を映した壁一面のガラス窓が半分だけカーテンにおおわれている。左右には閉じた襖があった。おそらく寝室だろう。
「坊ちゃん、そろそろ眠らなくてはならないお時間です」
「……うん。わかってる」
ただでさえ顔色の悪い細面が、発色のよくない照明のせいでさらに沈んで見えた。私は坊ちゃんの手を掴み、くいっと下に引く。こちらが先に正座して見せると、意図をはかりかねた坊ちゃんが戸惑ったように従った。
二人、日に焼けた黄土色の畳に向き合って座り、目線を合わせる。坊ちゃんの瞳は、かつてないほど頼りなげに揺れていた。
「何か不安なことがおありですか?」
問うと、視線が泳いだ。まっすぐに私を見返せない理由は明らかだ。坊ちゃんの中には、間違いなく葛藤がある。
「いや。ないよ」
なのに、坊ちゃんはそう答えて私の髪を撫でた。誤魔化せないとわかっていて言うのか、追及されたくなくて遠ざけるのか、私には判断できない。人間は単純なものをわざわざ複雑にする天才だ。ずっとずっと坊ちゃんのそばに寄り添ってきたこの私が、人間はおろかたった一人だけの坊ちゃんのことさえ未だに掴みきれないでいる。けれどもきっと、私がその深淵を明文化する前に、坊ちゃんをはじめとした人間たちは、なんだ単純なことだったんだと言って勝手に解決してしまうのだろう。言語として表せない気持ちを、心を、彼らは本能で表現し感じとる。私たちにそのような本能がないのをわかっていて、言葉にできないものとやらを与えようとするから人間の中に葛藤がうまれるのだ。
「イエル、もう寝よう。今夜は充電させてやれなくて、ごめん。バッテリー、まだ大丈夫?」
「ご心配には及びません、私のバッテリーはまだまだ元気ですよ! 実を言うと昼間に盗み食いをしたのです。ごめんなさい」
神妙に謝ってみせると、坊ちゃんはぎこちなく笑った。
「太っても知らないぞ」
「なんとっ……」
おそらく、私のバッテリーはあと一日も保たない。基本的に夜通し充電して二十四時間フル稼働できるかできないかという燃費の悪さを誇る、超高性能な私だ。記憶を漁るためにウェブ閲覧することも多いし、なにかといっては検索機能を使うから、エネルギー消費が激しいのである。
坊ちゃんが眠っている間は待機モードに切り換え、いつもの起床時間にスリープを解除した。
「……坊ちゃん」
坊ちゃんは、目を覚まさない。お寝坊することなんて小さいときから一度もなかったのに、七時を過ぎても八時を過ぎても、まるで電源の入っていないヒューマノイドロボットみたいに横たわり続けた。
やがて九時半頃になると、坊ちゃんがうめいて寝返りを打った。うつ伏せだ。頬がつぶれて輪郭が丸く見える。なんてあどけなく、幼い寝顔なのだろう。握った手が顔の近くでもぞもぞ動いて、安心毛布でも探しているような手つきだ。いっそ少年だったときよりも、無邪気さが際立つ。
守らなければ。
私はこの人を、存在すべてをかけて守らなければ。
坊ちゃんのやわらかな頬から髪を払って、伏せられた長いまつげを見下ろす。
「かわいい」
カーテンのすきまから差し込む太陽の光が、坊ちゃんに直接当たってしまわないよう、私の背中を盾にする。
「起きてください、坊ちゃん」
私のかわいい、譲坊ちゃん。
「……んん」
坊ちゃんがぎゅっと眉を寄せてから、ゆるやかに目蓋を開ける。黒と茶色の目が、ぼんやりと私を見上げた。
「イエル」
「はい」
「ゆずるってよんで……」
かすれた声で、坊ちゃんはもごもご言う。寝ぼけているみたいだ。
私は笑って、はい、と返事をした。
「譲さま。朝ですよ。ごはんを食べましょう」
「うー……ん。もう少し」
はじめての朝寝坊がいたくお気に召したらしく、せんべい布団の中でうだうだしている。規則正しく生活を送るようにしつけられた坊ちゃんには、この規則破りがたいそう楽しいようだ。
坊ちゃんは眠そうに、ぱち、ぱち、とゆっくりまばたきをしながら、私に手を伸ばす。
「そんなところに正座なんてしていないで、ここへおいで」
「布団ですか? 私は寒さなんてへっちゃらです! 痺れませんしね!」
「……そういうことじゃなくてさ」
苦笑いをこぼして、坊ちゃんが私の手首を引っ張る。それから狭い布団の中に引きずり込んで、坊ちゃんは私を抱き枕代わりにした。いくら人間に近い作りとはいえ、さすがに中身は機械だ。ぎゅっとすれば硬いものが皮膚の下にごつごつと感じられるはずだ。
それでも坊ちゃんはまだ頭が半分寝ているようで、気にしている様子はなかった。
「あ、あれをやりますか? おとなの女性の胸に顔を埋めて寝るやつです」
「んー……? ……そんなのやって何が楽しいの」
「感触が良いらしいですよ」
「窒息しそうだ……」
「そんなにぎゅっとはしませんよ。私の胸にはぷっるんぷるんのシリコンがめちゃくそ詰まってますから、魅惑の感触が楽しめます! おすすめです!」
「なんだか奉仕人形みたいでいやだな。イエルはそんなんじゃないだろ……」
言うなり坊ちゃんは私の腹に顔を埋めて寝てしまった。腹には機械が詰まっていてめちゃくそ硬いと思うのだが、魅惑の胸よりそちらを選ぶとは坊ちゃんもなかなかマニアックだ。起きたときに頬に変なあとがついていませんように。
それから一時間後、音の割れたチャイムが響いたので私はスリープを解除した。坊ちゃんは私を放して布団の隅の方に転がっていた。どうやらいつも広いベッドで寝ているせいで寝苦しく感じたらしい。
坊ちゃんに布団をかけ直したとき、再びチャイムが鳴った。
宿のスタッフだろうか。それともお屋敷から旦那さま方がいらっしゃったのだろうか。
どちらにせよ、ここは私が応答するべきだろう。
しかし、腰をあげようとしたところ、かすかなモーター音がうなるだけだった。腕は動くのに、足はまるきりだめだ。
「どうした、イエル?」
「坊ちゃん」
ようやく覚醒した坊ちゃんが起き上がる。一瞬、きょろりとあたりを見回したのは古民家に泊まったことを思い出すためだろう。朝起きたときの人間ほど無防備なものはない。
「申し訳ありません坊ちゃん。来客があるのですが、このとおり足がうまく作動せず立ち上がれないのです」
「……バッテリーが足りないんだ。ごめん、イエル。来客は俺が相手するから、おまえは座っててかまわない」
坊ちゃんはさっきまでぐずぐずと惰眠をむさぼっていたとは思えないほど身軽に、居間の方へ向かった。
私はその背中を見送り、聞こえてくる坊ちゃんと客人のやりとりに耳を傾ける。
「なんだ、おまえらか」
これは坊ちゃん。
「なんだとはずいぶんな歓迎だな。ったく、家出したっつーから、心配してきてみりゃのんびり朝寝坊とはな。のんきなやつ」
「ほんとだよねえ。食料買い込んできたけど、まさか何日もここに籠城するつもりじゃないんでしょ?」
木附氏と水廉氏がかわるがわる坊ちゃんに話しかけている。彼らは坊ちゃんにとって良きご学友だ。大学は違えどこうして何かあればすぐに駆けつけてくださる、本当に良いご友人たちだった。
私は、布団にぱたりと倒れて、目をつぶった。
坊ちゃん。今のあなたに必要なのは、本当に私ですか?
あなたを救えるのは、私ですか?
いいえ、坊ちゃん。あなたのために作られた私だから、あえて言いましょう。
あなたにとって本当に必要なものとは、あなたを守る存在ではなく、あなたと一緒に戦ってくれる仲間です。
仲間はあなたのとなりに肩を並べて戦います。金銭、人脈、名前、さまざまな武器や道具を駆使してあなたを助けます。
けれども私は、部屋で、何も持たずにおしゃべりすることしかできません。人生のアドバイスをすることも、歌を歌うこともできません。それでも癒せるものがあると言ってくれる人もいますが、やはりいざというときは坊ちゃんが一人きりで戦うことになってしまうのです。私に依存するということは、そういうことです。
「ねえ、秋道くん。これからどうするつもりなの?」
居間に招かれた水廉氏が、核心を突く。坊ちゃんは黙りだが、代わりに木附氏が応えた。
「どうするったって、イエルも連れてきちまってんだろ? なら、いつまでもここにゃいられねえだろ、バッテリーも尽きるしさ」
「それは……俺もわかってる」
苦しい声で坊ちゃんが同意する。
「ただ、抵抗したかったんだ。やれるだけ抗いたかった」
「品行方正で優等生なお坊ちゃんがグレるにはそれなりの理由があるんだろうけどよ、俺ならこんな生ぬるい家出はしないね。海外に留学してそのまま向こうで就職しちまうよ、きっと」
「君と一緒にしないでよ。イエルを連れていけない場所に、ひとりっきりで行ったってなんの意味もないだろ。ねえ、そうだろう、秋道くん」
どうやら水廉氏にはすべてお見通しらしい。
「……ああ。けど、きっとどこへ逃げても一緒なんだろうな。結局、あの屋敷以外ではイエルを充電できない。このまま動かなくなるのを、見ていることしかできないんだ」
「水廉んちで充電することはできねえのか? おまえ、三河社のヒューマノイド持ってたろ」
「イエルはオリジナル機だからね、僕の家の充電器は使えない」
私のバッテリーは、動かずしゃべらずいればあと十時間は保つだろう。けれどもそれでは、電源が切れているのと変わらない。
「この家出がうまくいかないことは最初からわかっていた。だから、イエルの充電が切れたら屋敷に帰るよ」
「君はそれでいいの?」
挑むように、水廉氏が問う。
「よくはない。だけど、動かない人形を連れ歩いたって意味がないから、いい。俺は、イエルのおしゃべりが聞きたい……」
「じゃあなんで家出したの。イエルが回収されるとか廃棄されるって思ったから、逃げたんだろう? だったら、逃げ続けなきゃいけないんじゃないのか」
水廉氏が鋭く言い返すと、木附氏がうろたえた声色で「え、えっ、イエル壊されんの?」と訊ねた。しばしの沈黙を経て、坊ちゃんが肯定する。
「……そうだ」
「じゃあ逃げなきゃ。本当にイエルが大事なら、屋敷から充電器を運び出してでも逃げ続けなきゃ!」
「ったって、ヒューマノイドの充電器だろ? あの玉座みてぇなでっけーやつ! あんなんどうやって運び出すんだよ。いや、運び出せたとしても、あれ使うには相当な電気量が必要だろ? そのへんのホテルで使わせてもらえるとは思えねえよ」
「家を買えばいいじゃないか」
「水廉、おまえ無茶言い過ぎ。第一、ロボットを守るためにそこまでする必要あんのかよ。家出してんだから、親父の金も使えねえんだぞ? それで大学生の俺らにできることっつったら、ほとんどなんもねぇだろ。下手なことして親の会社に泥塗ったら、それこそただの家出じゃ済まなくなる」
木附氏は実にすばらしいリアリストだ。水廉氏が若干言い負かされているが、彼も彼で私たちヒューマノイドロボットを愛してくれているからこそ、無茶でもなんでもしてくださろうとする。本当にありがたいことだった。きっと彼の家のヒューマノイドは幸せだろう。
「俺も、できることならこのままイエルと二人で暮らしていけたらいいと思ってる」
「なら……」
「だけどそのことが、父の会社とか、その会社で働いてくれている人たちに迷惑をかけるっていうなら、この気持ちを貫いていいとも思えないでいる」
会社は大きくなればなるだけ、敵が多くなる。御曹司である坊ちゃんがその自覚のない行動をすれば、必ず誰かが悪しように言うだろう。会社の弱味を握ったとばかりに、どんな手を使ってちょっかいをかけてくるかわからない。
坊ちゃんには、責任がある。たとえ旦那さまの会社に所属していないとしても、息子の悪事がお父様の成功を邪魔することはよくあることだ。生まれは今さら変えられないが、旦那さまのもとに生まれたのでなければ私を与えられることもなかったと思うと、坊ちゃんとしても葛藤せずにはいられないだろう。
「こんなことになるんなら、もっと早くイエルを三河さんとこに返しちまえばよかったのにな。秋道、おまえはもう子守りロボットは卒業して、ちゃんと生きてる人間をそばに置けよ。おまえを大事にしてくれる人間は、いっぱいいるぞ。イエルだけじゃねえ、絶対、他にいるから」
「……うん」
木附氏が同情するように言うと、水廉氏は揺るぎない口調でこう返した。
「ロボットは、人間じゃないからそばに置いちゃいけないっていうの?」
すると木附氏が聞き分けのない子どもに言うように言い直す。
「そうじゃない。だけど添い遂げるってわけにはいかねえだろ? ロボットには戸籍もねえし、周りの目だってある」
「人間のそばにあり続けるように、そう作ったのは人間なんだよ。途中で放り出すのもまた人間? ヘドが出るね」
「おい、水廉……」
いつになく刺々しい水廉氏の態度に、坊ちゃんがやわらかな声で語りかける。
「おまえもヒューマノイドロボットを大事に思ってることが、俺にとって救いだ」
「……うん」
「だけどやっぱり、人間相手にするようにはいかないんだろう。ヒューマノイドをそばに置きたがるのも、突き放すのも、全部人間の勝手だ。魂がないから、心がないから、それでもいいだろうと考える人もきっとたくさんいる。だけど俺は思わないよ。おまえもそうだろう」
「当たり前だよ! ペットは最後まで責任を持って飼いなさいとみんな言うじゃないか。だったら自分が望んで手にしたものは、全部そうするべきだ。それが生き物だろうが無機物だろうが関係ない」
「俺もそう思うよ」
衣擦れの音がする。
「だから、イエルのことは、あきらめない」
坊ちゃんはそう言い切った。とても、低い声で。