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探索こびと

作者: 白石美里

「最近、調子がいいみたいじゃないか」


 上司の話が終わり自分の席に戻ってきたら、隣の席の柳に声をかけられた。


「そうかな」


 パソコンのメールフォルダを開けて、メールをチェックする。


「そうかな、だって? 以前とは別人じゃないか。あれ見てみろよ」


 あきれたように柳が言う。あれとは、壁に貼られた売り上げのグラフだ。下に営業マンの名前が書かれている。一番グラフを伸ばしているのが自分だ。


「この前まで、課の中で売り上げが一番悪かったじゃないか。よく、課長から嫌味言われてたよな。それが、今では君を見習うようにって言われてるよ」


「たまたまだよ」


「先月も一番だったよな。何があったんだよ」


 ほら、種明かししろよ。とでも言うように柳が顔を近づけてくる。


 思わず苦笑いしてしまう。


「確かに君の言うとおり、課長からはお荷物だって毎日言われて病気になる一歩手前だったよ」


 毎日毎日、ねちねちとお小言をもらっていた。売り上げが上がらないのは、表情が悪いから、メモの取り方が悪いからと言われ、挙げ句の果てには、毎日自分の悪いところを書き連ねるという反省文の提出を義務づけられた。それが最近の朝礼では、手本にするように、なんてみんなの前で言う。全く呆れてしまうというものだ。


「そうだろう。正直、君が辞めてしまうってみんな思っていたよ。それがまさかのコレだよ。何かあったって思うのは普通だろ」


「言ったって、君は信じないよ。俺だって自分が体験しないと信じられなかった」


「やっぱり何かあったんだな。信じる。信じるから話してくれよ」


 柳は面白がっているようだ。まあ、隠さなくてもいいか。


「実はさ、うちにこびとがいるんだ」


 柳が首をかしげる。


「こびと? 子供のこと? 君、独身だよね」


「子供じゃなくて、こびとさ。本当に人間を小さくした外見をしてるんだ」





 俺も最初は信じられなかったよ。いつからいたのか分からない。


 自分が見つけたのは三ヶ月前だ。


 アパートのドアを開けたら、小さな人が歩いていた。人ってあんまりパニックになったら声も出ないし、案外冷静な対応ができることを知ったよ。


 だから、なぜここにいるのかって、思った以上に冷静に尋ねることができたんだ。


「ここって、とっても住みやすくて好きになったからここにいるの」


 と、こびとはのたまうではないか。彼女と言っていいのか分からないが、人間でいうなら女性だと思う。こびとに性別があるのかは分からないのでね。


 この1LDKのアパートには、住んでもう八年になる。君も独身だからわかると思うけど、家には寝に帰るくらいだ。だからといって、勝手にこびとに住まれてはたまったものではない。


「申し訳ないが、出て行ってくれないか」


 触らぬ神に祟りなし、というこで、丁重にお帰り願うことにした。


「いやよ。だって、私ここが気に入ったのよ」


 あのころはただでさえ課長の嫌味でイライラしていたんだ。こびとのワガママには付き合えなかった。


「ああ、そう。じゃあ、自分でアパートを契約すればいい。ここは、俺が契約して家賃を払っているんだ。このアパートには空き部屋があるから、自分で契約しに行くんだな」


 こびとは顔色すら変えなかった。


「あんたバカじゃないの? こんな私の格好を見て真面目に契約の話をしてくれる人がいると思ってるの? そうとうおめでたいわね」


 こびとは客観視できるらしい。


「たしかにそうだね。だけど、ここにいられのも困るんだよ」


 思わずため息が出たよ。一体、俺は何やってるんだろうってね。


「そう言っていられるのもいまのうちよ。ちゃあんと、住ませてもらうお礼はするわ」


「何? 魔法でも使ってくれるとか」


 こびとがいるなら、魔法があってもいいだろう。億万長者にしてもらって、イケメンにもしてもらおう。


「なによ、魔法って。子供じゃないんだから」


 小さい顔が軽蔑してたよ。


「じゃあ、何をしてくれるの?」


「探し物をしてあげるわ。私は探し物が得意なの」


 なーんだ。そんなことか。こびとにできるのはそんなものだよなと思ったのが顔に出てたらしい。


「あんた、探し物をバカにしてるでしょ。人間ってね、一生の半分くらいは探し物をしているらしいわよ。探し物している時間って人生において本当に無駄だと思わない? その時間を別のことに使えるわ」


 一生の半分は言い過ぎではないかとは思ったが、たしかに一理ある気がした。


 出て行ってくれそうにもないし、一理ある気もしたのでこびとを住まわせることにしたんだ。


 それが、次の日から一変したんだ。


 大げさだと思う? だけど、君もあるんじゃないかな。出掛けに携帯電話がないって探し回って家を出る時間がどんどん遅くなってしまうってこととか。それがすべて解消されたんだ。


 失くしたものは、すべてこびとが見つけてきてくれる。書類や気に入っているボールペン、ポイントカード。ああ、あれは、助かったなあ。急に葬式に出ることになったんだけど、袱紗がないんだ。なくてもいいか、っていつもなら出掛けてしまうところだけど、こびとがすぐに見つけてきてくれた。おかげで、たまたま葬式で営業先の人と会って、若いのにきっちりしているという印象を持ってもらえたようだ。もちろん、時間に余裕を持って出掛けられたおかげで、直前にマナーを携帯電話で確認できたっていうのもあると思うけどね。


 これまで、どれだけ探し物をして時間を無駄にしてきたのかと思うとぞっとするよ。有意義に時間を使えるようになったら、運も自分に向いてきた気がするしね。


 ほら、営業の成績がよくなったらみんなの見る目も変わってさ。実はあの大川さんと今度食事に行くんだ。以前なら、誘うことさえできなかったよ。





「へぇー、こびとかぁ。普通なら信じられないけど、君の変わりようを目の当たりにしたら信じないわけにはいかないよなぁ」


 柳が自分を納得させるように、背もたれにもたれかかって天井を見上げた。


「だけど、ひとつ困ったことがあるんだ」


 探し物をすぐ見つけてくれるのは、ありがたいのだが、こびとは少々荒っぽい。


「家が片付かないんだよ」


 この前は、家の鍵を探すのに机の上に積まれている本を蹴り落としていた。結局鍵はソファの下から見つかったのだが。


「そんなことか。俺も欲しくなってきたよ。探し物をしてくれるこびとが」


 信じるも信じないも半々といった風な柳が笑いながら言った。


 アパートはまるでゴミ屋敷のようになってしまった。物もよく壊されるし。こびとに抗議はするが意に介していないようだ。


「だって、ゴチャゴチャしているほうがいいのよ。見つけたときの達成感がすごくあるから」

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