表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「三十と一夜の短篇」

Be Shock(三十と一夜の短篇第4回)

作者: 錫 蒔隆

 ぼくらは飼われる。食わされる。脂身の旨味、穀物の恵み。肥えるぼくら。世界のどこかでは食うこともままならず、死んでゆくひとたちがいるという。彼らにくらべたらきっと、ぼくらはずっとしあわせだ。

 ぼくらは運動を禁じられている。四畳半の個室のなかで食っては寝て、思いだしたように糞をひりだす。そうしてぼくらは肥えてゆく。肥えることが、ぼくらの意義そのものであるらしい。肥えることができなかった仲間はある日、どこかへ連れていかれる。連れていかれたまま、帰ってくることはない。太れなくなったとき、ぼくらはこの楽園を追いだされてしまう。肥えつづけることだけが、ぼくらの価値だ。このすばらしい生活が、一生つづけばいいとねがう。そうしてまた、いつものように眠りにつく……。







【革命誌アナーキー】十二月号 食用人間養殖工場の実態。元工場長に訊く。


 ━━どのくらいの期間、勤務されたのでしょうか?


 二〇××年から二二××年までの、およそ二百年ですね。五十年で主任、百年で課長職。百五十年めでようやく、工場長になりました。工場長として五十年、勤めあげました。


 ━━お辞めになられた理由を、お聞かせください。


 理由なんてありませんよ、特に。貯蓄はありますからね。のこりの百年くらいは、のんびりすごそうと思いまして。


 ━━仕事に嫌気が差したとか、そういった理由ではないのですか?


 ああ、ぜんぜん。ご期待に添えず、もうしわけない。いちおうは工場長やっていたのでね、矜持は持っていますよ。外にたいして恥ずかしい商品なんてものは、出してこなかった。


 ━━では、仕事の流れについて、教えてください。


 生体をあつかう仕事なので、工場は二十四時間稼働しております。生産課と管理課と加工課と物流課があって、それぞれ役割がちがいます。流れもそれぞれちがいます。私はまづ、生産課に配属されました。それからひととおり、すべての課を経験しました。それぞれの課の仕事について、説明しますか?


 ━━おねがいします。


 では。まづ、生産課。その名のとおり、食用人間を生産する部署です。生産計画にのっとって生産していきます。管理課は、生産した生体を管理育成します。適切な健康状態を維持し、不適格な個体を解体処分します。処分した肉を生産課へまわし、種肉として再利用します。そうして適合年齢に成長したものを、加工課へ送ります。

 加工課は、屠殺と出荷用の解体業務をおこないます。筋を取り骨を抜き、部位ごとに切りわけた肉をラッピングします。この加工課が、どの部署よりもいちばん忙しいのです。人数も多く、フロアも大きい。屠殺・解体・洗浄・検品・包装・出荷前検品の作業をすべて、加工課でおこなうのです。そうして出荷できるようになった商品を、物流課に送ります。

 物流課は物流課で忙しくはあるのですが、負担はいちばん少ない。ここだけ二十四時間稼働しているわけではないし、配達はすべて業者に委託しています。受注リストに従って業者別に仕分けをするだけで、厄介な倉庫管理などはありません。物流課にいた十年はほんとうに気楽で、ゆったりとできました。毎夜のように同僚たちと、飲みに出かけていましたね。

 お、どうかしましたか? 顔色がわるいようですが……。


 ━━あなたは、なにも感じないのですか?


ん? 感じるとは?


 ━━人間を殺して切りきざんで、それで給料をもらっていたわけですよね?


 合成人間ですよ。


 ━━どっちだっていい! あなた、良心は痛まないんですか。よく平気で、そんな残酷なことを……。


 良心? 残酷? たしかに入社したての新人のころ、そんなものに苛まれていましたよ。私もね。でもね。二百年も勤めていると、そんな些末なものは摩りへってなくなってしまう。良心の呵責とやたに堪えられなかった連中は、ほんの数日で辞めている。良心だの残酷だの、ばかな質問はやめてください。二百年におよぶ私の職能を、そのような下卑た言葉で否定しないでもらおうか。


 ━━げ、下卑た?


 そうだ。あんたの言いようは下品だ。自分にまちがいなどなく、自分の正義を信じて疑わない。そういう人間がもっとも残虐で、もっとも人を殺している。そのうえ、そのことをちっとも自覚しちゃあいない。最高に下品な人種だ、あんたがたは。


 ━━人殺しに、下品だのと罵られる筋あいはない。


 だからね、何度も言いますよ。あれは合成人間、人間であって人間じゃあないの。耐用年数だって、せいぜい八十年くらいだ。根本的に、われわれとつくりがちがうんだよ。私のことを人殺しと罵るがね、あんたたちだってなに食わぬ顔で食べているじゃないか。合成人間を。


 ━━私は人肉など食べたことはない。


 あんた、それでほんとうにジャーナリストかい? 牛肉だの豚肉だの鶏肉だの、あれはみんな合成人間だぞ。遺伝子を組みかえて、つくりあげたものだ。野菜だってそうさ。合成人間の皮膚で栽培され、合成人間から養分を摂る。そんなことも知らんのか。だいたいは、うちの工場で網羅していたんだ。食品表示を見たことないんか。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 お、吐くのか。こんなところで。いまさら無駄だろう。もう何百年も蓄積されて、あんたらの血肉と化しているんだからな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 生きることは、尊いことではない。汚いことだらけ。屠殺もそのひとつ。 それを見ずに、生きることは尊いことだと主張する者に対する皮肉。 この作品はその皮肉が込められているように感じられました。 …
[一言] 残酷なお話でした。 理解できる部分と、いやいやそれは……と思わせ考えさせられる部分とありました。 人間の寿命、百年以上あってはいけませんね。危険すぎます。私などは小学生の時点で、私は三十年で…
2016/09/11 09:50 退会済み
管理
[一言] 怖いお話でした。 けれども、創作としてではありませんが、鶏肉や牛肉、豚肉、羊の肉などを自分が食べて生きていることをふと思った時、作中にあるようなことを考えたことがあります。 難しく厳しい。そ…
2016/08/07 11:25 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ