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「婚約破棄? 出来るものならやってみなさい!」と言うのは僕の婚約者

作者: 星乃 夜一

主人公が女性に対して失礼です。友人が少々下品です。許せる方だけどうぞ。

「エリザベス・マックスウェル侯爵令嬢!

お前との婚約は破棄させてもらう!」


学園の中庭に少年の声が響く。

声を発したのはこの国の第四王子、オーウェン。

母譲りの金髪碧眼、整った顔立ち。

まだ16歳で成長途中である為それ程背は高くないが、すらりと伸びた手足はこれからの成長を期待させる。


彼の視線の先には一人の少女。

枝を広げ青々とした葉をつけた木の下で、少女は椅子に座って本を読んでいたのだが、オーウェンの声に顔を上げる。

オーウェンをみとめた彼女ーーエリザベスは、椅子に本を置き立ち上がり、スカートの裾を摘んで、優雅にお辞儀した。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下」


エリザベスはオーウェンと同じく16歳。

腰までのうねる美しい黒髪、陶器のように滑らかな白い肌。

まだ幼さを残す愛らしい顔立ちなのだが、青い目の周りにはぐいっとアイラインが引かれ、口紅は真っ赤、キツそうな顔立ちに仕上がっていた。

青色のジャケットと同色のロングスカートという制服姿だが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるので、他の少女と変わらない制服姿なのにどこか妖艶さが滲み出る少女だ。


「麗しくない! 見れば分かるだろう!」

「あら、申し訳ございません。

わたくしの目には何時ものように元気で楽しそうに見えましたものですから」


エリザベスはオーウェンの怒声など気にした様子もなく、コロコロと笑う。


「楽しくない!」

「あら、それは失礼致しました」


エリザベスは素直に頭を下げる。

しかしエリザベスのこの態度は、反省したものでも、ましてやオーウェンに敬意を表するものでもなく、ただただ馬鹿にしているのだと知っているので、さらに腹が立つ。


「エリザベス、もう一度言う。

お前との婚約は破棄する。

お前のような性悪女は王子妃に相応しくない。

ここにいるステファニー嬢を見ろ!」


オーウェンはそう言って、斜め後ろに立つ少女を手で示す。

そこにいたのは、少し前からオーウェンやその友人達とよく話をするようになった子爵令嬢だ。

絹糸のような金髪を持つ、愛らしく儚げな少女。

彼女が男子生徒に絡まれているのを助けた縁でよく話をするようになったのだが、控えめで優しい少女は、すぐにオーウェンの友人達を虜にした。

オーウェンも上目遣いで見つめられると、グッとくるものがある。

これこそ女の子。やはり女の子はこういう守ってあげたくなるような子がいい。

エリザベスとは正反対だ。


「ステファニー嬢は優しくて気遣いのできる素晴らしい女性だ。

男を立て、自身は少し後ろに立ち見守ってくれる。

彼女に心を救われたものも多いだろう。

彼女こそ淑女の鏡。

彼女こそ理想の女性だ!」


オーウェンは声高に宣言する。

オーウェンやステファニー、エリザベスの周りを囲むように人垣が出来ている。

この学園は優秀であれば庶民でも入れる。

周りを囲むのは色々な階級の少年少女。

貴族を主とする上流階級、裕福な商人が多い中産階級、労働階級の者も優秀であれば分け隔てなく勉学の機会が与えられるこの学園は国の誇りだ。

そんな学園だから、ここで起こった事はどの階級にも伝わる。

ここで王子に婚約を破棄されたとなれば、エリザベスにはとてつもない痛手だろう。


「何とか言ったらどうだ、エリザベス」

「・・・・・」


促すがエリザベスは黙ったままこちらを見つめている。

その顔には何の感情も読めない。


「君が今までの行いを悔い改めて、淑女として、王子を支えるに足る人物になるというなら、寛大にも僕は許してやろうと思っている。

常に僕を立て、僕を敬うと約束をするのなら、婚約破棄は取り下げよう。

どうする、エリザベス・マックスウェル侯爵令嬢!」


大きな声で最後通牒を突きつける。

ここまでやれば、如何に図太く生意気なエリザベスといえど、泣いて許しを請うだろう。

涙を流して謝り、縋ってくる彼女をオーウェンは見捨てたりはしない。

これから自分に尽くすというのなら、これからも側に置いてやろう。

そう思ってエリザベスを見ていれば、エリザベスの肩が小刻みに揺れている。


(泣いているんだな、可愛いところもあるじゃないか。

よしよし、さあ僕に縋り付け!)


その時を待ってエリザベスを見ているが、どうやら様子が可笑しい。

肩の震えは大きくなり、やがて何やら声をあげ始めた。


「ふっふっふっふ、おーほっほっほっほっほっ!

婚約破棄? 出来るものならやってみなさい!」


突然の高笑いに、オーウェンも野次馬もドン引いた。


「わたくしはオーウェン様の、人に言えない秘密をたーっくさん知っているのよ。

そのわたくしに婚約破棄なんて突きつけていいのかしら?」

「な、なんだと?」


思いもよらない反撃に、オーウェンは呆然と声をあげる。

エリザベスは仁王立ちで腕を組み、オーウェンを見下ろしいる。

どこの悪役だと言ってやりたい。


「何を言う気だ、エリザベス」

「そうね、例えば・・・」


エリザベスは人差し指を頰に当て、小首を傾げ思案する。

可愛いつもりかもしれないが、その化粧では全く可愛くない。


「オーウェン様は子供の頃、怖い話を聞いてからしばらくは、わたくしの手を握っていないと外に出られなかった!」

「ぐっ!」


この攻撃は痛い。

兄達ほど頭の良くないオーウェンは、武官として国に仕えようと、剣の腕を磨き、自分が如何に勇敢で優秀であるかを周りに示そうと、怖い者は何もないと言い張っている。

その自分がお化けが怖いなどと知られるのは痛手だ。


「子供の頃の話だ!」


堪らず叫ぶ。


「あら? でも三つ子の魂百までと言いますし、今も怖いのではないのかしら?」

「そんな訳あるか!」


確かに子供の頃は物凄くお化けが怖かったが、今ではそれ程ではない。

暗闇で多少ビクつくぐらいだ。


「オーウェン様、お化けが怖いんですって」

「キャ〜、可愛い」


野次馬の声が聞こえる。


(くそー、可愛いなどと言われたぞ。

今までの僕の勇敢で逞しいイメージが崩れてしまった)


オーウェンは歯軋りをして悔しがる。

実を言えば、オーウェンに勇敢で逞しいイメージなど周りは持っていない。

母譲りの顔と成長途中の華奢な体から、黙っていれば彫像のような美少年なのに残念な王子と言われている。

本人は筋トレを毎日欠かさず、誰をも見下ろす屈強な男になる自分を夢見ているが、成長しても多分そうはならない。

その辺も残念。

両親も兄達も国の重臣も学園の同窓も、馬鹿で可愛い王子を温かく見守っているのである。


「エリザベス、取り消せ!

僕はもうお化けなど怖くない!」

「そう、ではそういうことにしましょう。

じゃあ次に・・」

「まだ言うのか!?」


先ほどオーウェンに恥を掻かせたくせになんという性悪女。


「言います。そうね、オーウェン様は9歳まで・・」

「待てー! 待て待て!」


9歳までという言葉に不安を感じて、オーウェンはエリザベスを慌てて止める。

エリザベスに駆け寄り、小声で問い詰めた。


「お前! 今なにを言うつもりだった!?」

「オーウェン様は9歳までおねしょをしていたと」

「おまっ、なんて事を言うのだ。

そんな事を言ったら僕の勇敢なイメージが台無しだろう!?」

「そのぐらいで傷つくようなイメージなら、ない方がいいと思いますけれど?」


エリザベスは冷めた目で言う。

この女は何も分かっていない。

男にとって、面子やイメージというのはどれだけ大事かという事が全然分かっていないのだ。

ステファニー嬢はそういう面で素晴らしく、人のいい点を見つけて褒め、欠点も良い所だと褒める。

常に相手が気分良く過ごせるように気を配っているのだ。

なかなかできる事ではない。


「お前のそういう所を直せと言っているんだ」

「苦言を聞かず、耳に心地良い言葉ばかりを聞いていたら、いつか後悔する日が来るわ。

そうならないようにわたくしは心を鬼にして言います」


エリザベスはすーっと息を吸い込み、大きな声を出した。


「オーウェン様の初恋は13歳の時ー!」

「どこが苦言だ!」

「年上の人よ! すっごく色っぽい人!」

「何を言っている!」


エリザベスより大きな声を出して止める。

近くで大声を出したせいか、不快そうな顔をした。


「何をするのよ」

「それはこちらの言葉だ!」


オーウェンとエリザベスは睨み合う。

野次馬からは、


「エリザベス様、もう一声!」

「だれだれ? オーウェン様の初恋って? 気になる〜」

「遅い初恋よね〜」


という声が聞こえた。

そちらを睨み付け黙らせるが、野次馬のにやにや笑いは止まらなかった。

オーウェンは人々を睥睨し、言い放った。


「言っておくが、僕の初恋はもっと昔だ。

母からも、早熟ねーと言われたぐらいなんだからな!」


野次馬に言ってからエリザベスを見ると、胡散臭そうに目を細めていた。


「嘘ね。あなたの初恋は従姉のメアリー様でしょうに。

わたくしの目は誤魔化されないわよ」

「違う、もっと前だ」

「そんな素振りなかったわ」

「お前が知らないだけだ」

「そうですか。でもメアリー様に恋してたのは本当でしょう?」

「いや、あれはそういうのではない」

「メアリー様の姿をずーっと追っていたくせに?」

「それは、まあ。でも違う、あの時は・・・」


もごもごと口ごもるオーウェンに苛立ったのか、エリザベスは再び野次馬に向かって口を開いた。


「オーウェン様は彼女とのお茶会の後にーー、むぐっ」


オーウェンは慌ててエリザベスの口を塞ぐ。

まずい。今こいつが言おうとしていた事は本当にまずい事の気がする。

オーウェンはエリザベスの口からゆっくりと手を外す。


「確認するが、お前いま、何を言う気だった?」

「オーウェン様は彼女とのお茶会の後に、彼女の使ったカップを持ち帰った。

彼女の代わりにキスしたり抱き締めたりしていたんじゃないかと・・」

「阿呆か!?」


オーウェンはいままでで一番大きな声で叫んだ。


「お前、そんな事を言ったら僕は笑い者だぞ!

僕はお前の婚約者で、将来の夫だぞ!?

夫が馬鹿だ変態だと言われてもいいのか!?」

「大丈夫です。

オーウェン様がどんな噂を立てられようが、どんな馬鹿な事をしようが側にいますから」

「僕は嫌だ! 笑われ者になりたくない!」


首を振って拒否を示す。

すると、エリザベスは、すっと目を細めた。


「では、わたくしとの婚約を破棄するという話はなかった事として、よろしいかしら?」

「うっ・・・、分かった。

前言を撤回する。婚約破棄はしない」

「ありがとうございます」


エリザベスは優雅にお辞儀をする。

その余裕のある態度、腹立たしい。

オーウェンは一矢報いるつもりで、その事実を言ってやった。


「さっき僕がお前の口を押さえたから、化粧が剥げてぐちゃぐちゃだぞ」


エリザベスは目を見開くと、慌てて口元を押さえた。

本当はそれほどひどくはなっていなかったが、エリザベスの慌てた顔を見れただけ、大袈裟に言った甲斐があるというものだ。


エリザベスは自分のポケットを探っているが、彼女のハンカチは先ほどまで彼女がいたベンチの上だ。

動揺するエリザベスにオーウェンは自分のハンカチを渡す。

エリザベスはしぶしぶそれを受け取った。


ハンカチで口元を押さえるエリザベスを見下ろす。

久しぶりに近くでまじまじと見たエリザベスはーー。


厚化粧過ぎる。


白粉はそれ程ではないが、目元を強調し過ぎているし、真っ赤な口紅も毒々しい。

なぜこの様になったのか。


「お前、その化粧はやめた方がいいぞ。悪霊の様だ。

お前なら化粧などせずとも充分だろうに」

「なっ、あなたが化粧をしろと言ったのでしょう!」


覚えのないエリザベスの反論に、オーウェンは首を傾げる。


「僕が?」

「そうよ、わたくしの顔は見ていられないから、化粧でもして隠せと」

「・・・言ったか?」

「言いました」


エリザベスは怒っている様でオーウェンを睨みつけている。

エリザベスは元々可愛い子供であったし、今も顔立ちは悪くないと思うのだから、そんな事を言う筈がない。


「いつの話だ?」

「婚約が決まって初めて会った日です」

「? ・・・あっ!」


(思い出した! あの時か!)


幼い頃から兄妹の様に仲の良かったオーウェンとエリザベス。

大きくなったら結婚しようと言い合っていた二人。

12歳の時に婚約したのだが、その頃は嬉しいやら恥ずかしいやらでまともにエリザベスの顔を見れなかった。

ついそんな事も言ってしまったかもしれない。


「あれは違う!」

「違う? どう違うのですか?」

「うっ・・」


(言えるか! エリザベスと婚約した事が嬉しくて、でも周りから微笑ましい顔で見られるのが嫌で、心にもない事を言ったなど!)


オーウェンの内心など露知らず、エリザベスは大仰に溜息をつく。


「オーウェン様はわたくしが何を言われても傷付かないとでもお思いなのでしょうね。

悪霊だなんて、女性に言う言葉ではないわ」

「いや、それは・・」


いつもの軽口のつもりだったのだが、思いの外エリザベスを傷付けてしまったらしい。

エリザベスはそっと目を逸らし、呟いた。


「オーウェン様が年上がお好きだからと思って化粧をしていたのに、馬鹿みたい」

「!」


(エリザベスのあの酷い化粧は僕の為か!?)


努力の方向が激しく間違っている様だが、自分の為にしてくれたと思うと嬉しい。

学園に入学してからは、エリザベスと意見が合わずにぶつかる日々。

疎まれているのかと不安にもなったが、それが今日晴れた。

エリザベスはオーウェンの為に努力をしてくれていたし、何があっても側にいると言ってくれた。

ここはその想いを受け止め、男らしく自分の気持ちを打ち明けよう。


そう思って口を開こうとした所を後ろからの声が止めた。


「オーウェン様」

「・・・・なんだ?」


勢いで言おうとしていたのを邪魔されて、オーウェンは渋い顔で振り向く。

そこには両手を胸の前で重ね合わせ、泣きそうな顔でこちらを見るステファニーがいた。


「オーウェン様、エリザベス様との婚約破棄はどうなったのですか?」


君には関係ないだろうと思わなくもないが、公衆の面前で騒ぎを起こしてしまった手前、他の者にも説明の必要がある。

オーウェンは興味津々の野次馬達の方を向き、


「エリザベスは私の妃に相応しくある為にこれからも努力を続けると私に約束をした為、婚約破棄は取り下げる。

皆の者、騒がせてすまなかったな」


オーウェンが宣言すると、野次馬からは「おおー」という声や「今回も無事に収まったー」という声が聞こえ、拍手が巻き起こった。

王子相手にいささか無遠慮な拍手だが、ここは身分など関係のない学園であるし、オーウェン自身もあまりそういう物に拘らない。

野次馬達の拍手に応えていると、


「待ってください!」


ステファニーの声が響く。

振り向くと、ステファニーがすぐ近くにいた。


「エリザベス様は、王子妃に相応しいとは思えません」

「・・・・」


せっかく騒ぎを収めようと思ったのに、ステファニーはいきなり何を言い出すのか。

意図が分からなかったが、真剣な顔で見つめられているので、一応聞き返した。


「なぜだ?」

「エリザベス様のオーウェン様への態度は、同じ貴族の娘として看過出来ません。

オーウェン様を見下した様な態度を取ったり、周りの方々にオーウェン様の行動を制限する様に言ったり」

「制限?」


首を傾げると、オーウェンの後ろにいたエリザベスが一歩前へ出た。


「物は言いようね。

夜中に寮を抜け出すオーウェン様を止めて下さいと言うのは、悪い事かしら?」


エリザベスに睨みつけられて、ステファニーが怯えた様に体を震わせる。

キツイ化粧のエリザベスに睨まれてはステファニーも怖いだろう。

オーウェンも校則破りを指摘されて、何も言えない。

いいじゃないか、たまに友人と夜の街に行くぐらい。

すぐに帰ってくるのだから。

そう思ってエリザベスを見れば、冷たい目で返された。


「そ、それだけではありません。オーウェン様の宿題の紙を破ってしまわれたり」

「それは、他の方にやらせた物だからよ。

宿題は自分の力でやらなければならないわ」

「オーウェン様が疲れてお休みになっている所を叩き起こしたり」

「授業が始まっているのに、中庭で寝ていたのだから仕方がないわ」

「オーウェン様がご友人と読まれている本を、他の人に言って取り上げさせたり」

「あ、あれは・・」


ステファニーの言葉を淡々と返していたエリザベスが初めて動揺を見せた。

顔を赤くして、気まずそうに目を泳がす。


「あれは・・、あの様な物を見てはいけません!」


毅然とした態度を取ったつもりだろうが、耳まで赤くなっていては格好がつかない。

ステファニーが言っている本というのはエロ本の事だ。

本にカバーを掛けて貸し借りしていたのだが、オーウェンが持っている時にエリザベスに見つかった。

エリザベスの動揺は物凄かったが、オーウェンもかなり気まずかった。


「男性には必要な物です。

それを有無を言わさず取り上げてしまうなんて、なんて酷い事をするのでしょう」

「なっ!」


ステファニーの非難にエリザベスは絶句する。

顔を真っ赤にしてステファニーを見るエリザベスは般若の様だ。

対して、ステファニーは清らかな天使の様な顔でオーウェンを見上げているが、その顔でエロ本の存在意義を説かれるとなんだかなぁと思う。

ただ単に男の機嫌を取っているだけか、それとも本当に男の生理現象について理解しているのか。


エリザベスは真っ赤な顔で羞恥に震えていたが、何かを堪えるように息を吐くとステファニーを見つめた。


「ステファニーさん、あまりオーウェン様を甘やかさないでいただけますか?

それと、わたくしが前にお話しした事を覚えていますか?

よくお考え下さいと申しましたけれど、何も変わっていないようね」


エリザベスの問いにステファニーは一瞬不快そうな顔をした。

しかしオーウェンと目が合うと、すぐに弱々しい顔に変わった。


ステファニーの変化に違和感を受けたが、それよりも気になる事がある。

オーウェンはエリザベスに問いかけた。


「前に話した事とは何だ?」

「オーウェン様に関係のある事ではありません」

「関係あるかないか、聞いてみなければ分からないだろ」

「こちらの話ですし、この様な場所で話す事でもありません」


エリザベスはオーウェンを見ずに、ステファニーに視線を注いでいる。

無視されている様で物凄くむかつく。


「ステファニー、エリザベスに何を言われた?」


問いかけると、ステファニーはビクッと体を震わせ、ポロポロと涙を零し始めた。


「私、エリザベス様に言われたんです。

オーウェン様に近づくなって・・。

オーウェン様に少しでも近づいたら、圧力をかけて家を潰すと」


ステファニーはオーウェンの腕に手を掛け、涙に濡れた瞳で見上げる。

エリザベスから息を飲む音がした。


「あなたは、またその様な事を・・。

懲りずに虚言を繰り返すのね」

「虚言だなんて! 本当の事です!

ひと月前にエリザベス様に呼び出されて、そう言われたんです!

同じクラスの人も知っています。私、すごく怖くて・・。

涙が止まらなくて、皆に慰めて貰ったんです!

ねえ、そうでしょう!」


ステファニーは野次馬に問いかける。

野次馬の何人かが頷いた。


「あの時わたくしが話したのは違う話でしょう。

わたくしがあなたを呼んで話をした事実を利用して、そのような事を言うなんて。

人を陥れるような嘘を言うのはお止め下さい」


エリザベスは怒っている様でステファニーを睨みつける。

ステファニーは震え、オーウェンの腕に置いた手に力を込めた。


「いいえ、確かにそう言われたわ!

それに、私はエリザベス様に虐められているんです。

突き飛ばされたり、教科書を破かれたり、水を掛けられたりされたんです。

階段から突き落とされそうになった時の犯人もエリザベス様かも。

私、もう耐えられません。

助けて、オーウェン様・・・」


ステファニーが弱々しく呟く。

涙に濡れ震えるステファニーには庇護欲が唆られる。

そっと肩に触れると、ステファニーは目元を綻ばせた。


エリザベスの大きなため息が響く。


「呆れて物も言えないわ。

よくそれだけ嘘がつけるわね。

ステファニーさん、いい加減にして。

私の我慢にも限界という物があるのよ」


泣いている女性に対して高飛車に言うエリザベス。

その様子だけ見れば、どう見てもエリザベスが悪者だ。

ステファニーが反論しようとしたが、その肩をぐっと掴んで止めた。


「エリザベス、どういう事だ?」


エリザベスに問いかけたが、返事はステファニーから来た。


「エリザベス様は嫉妬に狂っているんです!

オーウェン様を私に取られそうだからって、私を排除しようとしたんです!

オーウェン様! エリザベス様を学園から追放して下さい!

私達の邪魔をされないように、私達の未来の為に!」


ステファニーはオーウェンに抱きつき懇願する。

彼女の体は柔らかく、涙を浮かべ見上げる顔は儚く愛らしい。

がーー


「君は何を言ってるんだ?」


オーウェンはステファニーの言う事がいまいち理解できずに首を傾げる。


「私達の未来とはどういう意味だ?」

「っ、そのままの意味です。

私とオーウェン様の未来です。

結婚し、共に歩む未来の事です」

「はあ?」


訳のわからない事を言うステファニーに呆れ、ついつい間の抜けた声が出た。


「なぜ僕が君と結婚すると思うんだ?

僕の婚約者はエリザベスだ」

「なっ!」


当たり前の事を言ったのに、ステファニーは信じられないとでも言う様に目を見開く。


「それと、抱きつくのはやめてくれ。

友人の距離感を遥かに超えている」

「友人だなんて・・」


ステファニーは呆然とオーウェンを見上げたまま動かない。

仕方なく、力づくで離した。

ステファニーの化粧が服についた気がして、手で払っていると、震える声が響いた。


「オーウェン様は私の事、好きなのでしょう?」

「は? 何を言ってるんだ?」

「だって、私の事を可愛いって言ってくれましたよね」

「・・・それがどうした?」


ステファニーに可愛いとは何回か言った。

何もない所で転びそうになり恥じらう姿や、花をうっとりと眺める姿は確かに可愛かった。

だが別に他意はない。


「私の事が好きだからそう言ったんでしょう?」

「違うが?」

「・・・・・」


ステファニーの顔は青ざめ、唇がふるふると震える。


「私の事を理想の女性だって・・」

「言ったか?」

「言いました!

優しくて気遣いのできる素晴らしい女性だって。

私が理想の女性だって言いました!」

「・・・・」


オーウェンは腕を組んで考える。

エリザベスへの当て付けにそんな事を言ったかもしれない。


「理想と現実は違うよな」

「!」


ステファニーは更に目を見開いた。


「そんな・・・、私よりあの女を選ぶのですか?」


ステファニーは震える指をエリザベスに突き付けた。

エリザベスは不快そうにそれを見ている。


「選ぶも何も、昔から僕の婚約者はエリザベスだ」


ステファニーの顔はさらに青ざめ全身をブルブルと震わせている。

またも当然の事を言っただけなのに、なぜそれほどショックを受けているのか分からない。

自分はステファニーに誤解を与える様な事を言ったのだろうか?


今までの自分の言動を振り返ろうとした所、近くで溜め息が聞こえた。


「オーウェン様の上げて落とす技術は他の追随を許さないよな」

「本当に。どうやったらそう無自覚に女性を唆す事が出来るのでしょうか。

まあ、そのおかげであの女を断罪できる、またとない機会を得ましたけどね」


呆れた声は二つ。

いつの間にかエリザベスの横に立っていたのはオーウェンの友人達だ。

赤毛で長身のお調子者のエルトンと、銀髪で眼鏡、冷たい容貌のハルー。


二人は呆れた顔でオーウェンを見ていた。

オーウェンはその様子にむっとする。


「どういう意味だ」

「そのままの意味です。殿下に微笑まれて可愛いって言われたら、女性はときめくんですよ。

殿下は気安いし、スキンシップも多いから勘違いしてしまうのです」


ハルーの言葉にしばし考え、オーウェンはエリザベスに視線をやった。


「エリザベス、お前もときめくか?」

「わたくしはあなたに、可愛いなんて言われませんから」


エリザベスはツンっとそっぽを向く。

確かにエリザベスに可愛いと言った事はないかもしれない。

今度言ってみようか。

そんな事を思っていると、ステファニーの金切り声が響いた。


「オーウェン様! なぜその女と話をするのですか!?

その女は虐めをするような酷い女なんです!

私、階段から突き落とされて、殺されそうになったんです。

お願い、信じてください。

その女に騙されないで!」


エルトンとハルーはステファニーを蔑んだ目で見据える。


「はっ、何を言っているんだか」

「可愛い自分の言葉なら、何を言っても信じてもらえるとでも思っている馬鹿な女ですからね。

挙げ句の果てにエリザベス嬢を虚言で貶めて王子妃に納まるつもりですか。

本当に頭に足りない女だ」


最近までステファニーに対して甘い顔をしていた友人達の辛辣な言葉に困惑する。


「おい、どうした、お前ら。

特にエルトン。お前、ステファニーと付き合ってるんだろ?」


エルトンとステファニーは、皆に内緒でよく街に出かけている。

てっきり付き合っていると思っていたのだが、思いっきり嫌そうな顔をした。


「・・・別れたのか?」

「別れる以前に、ステファニーは付き合ったつもりもないらしいっすよ。

他の奴と出掛けても、貢がせても、全部お友達らしいっすから」

「ステファニーがそんな事を?」

「ええ」


エルトンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

ハルーも大きく頷いた。


「私も彼女とはいい関係を築けていると思っていたのですが思い違いでした。残念です」

「オジーなんて、オーウェン様に借金してまでプレゼントしたブローチを質屋に売られたらしいっすよ。

ひと月前にエリザベスさんがステファニーを呼び出した件はそれです。

オジーがエリザベスさんに相談したんですって。

俺も最近知ったんすけどね」


エルトンは苦い顔のまま言い募る。

ここひと月ほど、友人のオジーが暗い顔で溜め息ばかりついていた理由を今更知る。


「ちょっと、エルトンさん!」


エリザベスがオーウェンとエルトンの間に入る。


「そういう事を人がいるところで言わないで!」

「え〜、いいじゃないか。

そろそろこの女狐の正体を暴いた方がいいって」

「それとこれとは別でしょう!

やっとオジーさんが立ち直ってきたのに、皆に知られたらまた落ち込んでしまうわ」

「あいつはウジウジし過ぎなんだよ。

他にも被害者はいっぱいいるぜ。

サムにウィリー、ゴードン。

ジェイソンなんて、店の金を使ったのがばれて、親に大目玉をくらっ・・」


エルトンの口をエリザベスの手が塞ぐ。


「なんて、デリカシーがないの!?

皆、落ち込んでいるのよ。

糾弾するにしても、皆の名前を出す事ないでしょう!」


背の高いエルトンの口を塞ぐ為、エルトンのすぐ正面に立ったエリザベスがなんかむかつく。


エルトンはまだもごもごと口を動かし、エリザベスはくすぐったいから止めてと言っている。

むかつく。

オーウェンはエリザベスの腰に手を回し、エルトンから引き離した。


「どういう事だ?」

「最近オジーの奴、死にそうに落ち込んでたでしょう。

エリザベスさんには相談しているのに俺らに話さないから、口を割らせたんすよ」

「そうしたら、ステファニーが複数の男と付き合っていて、貢がせている事が分かったんです」

「嘘よ!」


ハルーの声を遮るように、ステファニーの金切り声が響く。


「複数の男と付き合ってなんかいないわ!

出掛けたり、プレゼントを貰っただけじゃない!

私が好きなのはオーウェン様よ! オーウェン様だって・・・」

「僕は君の事を好きじゃないぞ」


変な事を言いふらされては堪らないので、きっぱりと宣言する。

エルトンが嘆息を漏らした。


「この女は可愛い顔をして、とんだ食わせ者っすよ。

大勢の男が自分に夢中になるのを楽しんでんじゃないっすかね。

俺みたいに、付き合ってると思ってた哀れな男が沢山いるみたいっすよ」

「・・・普通分からないか? 他にも男がいたら」

「秘密の恋にしましょうって、皆言い含められてたんで。

秘密の恋って燃えるでしょ」

「阿呆か」


軽口を言うエルトンに素直に感想を言うと、エルトンはひょいっと肩を竦めた。


「恋人がいても、婚約者がいても構わず誘惑して。

今、この女のしてきた事を調べている最中なんですけど、前にも注意した相手に逆に虐められているって言って同情をかってたみたいっすよ」

「嘘よ! そんなの嘘よ、作り話だわ!

エリザベスが言わせてるのよ!

エルトンやハルーと組んで私を貶めようとしてるのよ!」

「少し前からエリザベスさんがステファニーを虐めているって噂が流れてましてね。

オーウェン様の耳にも入っていたでしょ」


エルトンの言葉で、そんな噂を聞いた事を思い出す。


「ああ、あったなそんな話。

だが、エリザベスが虐めなどするはずがないから気にも止めなかった。

エリザベスのキツイ顔とステファニーの儚げな顔を比較しての揶揄かと思ってた」

「・・・虐めなどするはずがないと信じていただけたのは嬉しいけれど、後の言葉が余計だわ」


エリザベスは低い声で言うと、オーウェンの手を払ってオーウェンから離れた。


(しまった、またいつものつもりで軽口を叩いてしまった)


後悔するが、エリザベスはツンと明後日を向いたままこちらを見ようとしない。

いつもなら軽い口喧嘩のネタだが、今日は勝手が違う。

決定的な亀裂になどなったら嫌なので、なんとかフォローの言葉を考えるが浮かばない。


(その化粧は異国の呪い師のようで悪くないぞ、とか、化粧を取ったら地味になってすぐに判別できなくなるから今のままでいいんじゃないか、とか。

悪態ならすぐに浮かぶが、フォローの言葉は浮かばない!)


苦悩するオーウェンを置いて、エルトンの説明は続く。


「その噂を集めて、本当にエリザベスさんが虐めをしているのか、ステファニーの虚言か調べたんです。

まあ、ステファニーが黒っすね」

「嘘よ! なんの証拠があるのよ!」


ステファニーが涙に濡れた目でエルトンを睨み付ける。

その顔はもう儚げではなく、狂気が見え隠れしていた。


エルトンはステファニーを静かに見下ろす。

いつもどこかヘラヘラしているエルトンが真剣な顔を見せた。


「お前は、男はみんな自分の味方で、裏切らないとでも思ってんのか?

自分が頼めばなんでも聞くとでも?

男だって色々考えてんだぜ。

お前の協力者に吐いてもらったよ、お前に頼まれて色々小細工した事をな。

お前が自分の教科書をごみ箱に捨てる所を見たって奴もいるし、他にも証言はある」

「今日、皆の前で話した事もちゃんと調べあげましょう。

エリザベス嬢に階段から突き落とされて殺されそうになったと言いましたね。

それが嘘だと分かった時、自分がどうなるか分かっていますか?

侯爵令嬢であり、王子の婚約者でもあるエリザベス嬢を陥れようとしたのです。

ただで済むとは思わない事ですね」


ハルーの蛇のような冷たい目が光る。

ステファニーは「ひっ」と、小さく悲鳴を上げ、ガタガタと震え出した。


「殿下、とりあえず、今まで調べた報告書をお持ちします」


ステファニーに向けていたのとは一転して、笑みを浮かべるハルー。

その微笑みが恐ろしい。


ハルーはとても優秀で抜け目のない男だ。

冷徹でえげつない仕返しをする男でもある。


その報告書、どこまでの物なのだろう。

ステファニーの事だけではとどまらず、実家や親戚縁者の悪事を挙げ連ねた膨大で面倒な報告書を渡されるのが目に浮かぶ。


「とにかく場所を移そう。

話はそれからだ」





ハルーから渡された報告書は意外に薄かった。

ステファニーに関する報告のみだ。

いかにハルーといえどもこの短期間では実家やその他までは手が回らなかったらしい。

それを素直に言えば、ハルーは嫌な笑みを浮かべ、


「これからですよ。

すでにいろいろ掴んでいますが、まだ調査中です。

楽しみにしていて下さい」


眼鏡の奥で灰色の目が冷たく光る。

ステファニーにコケにされたのがよほど許せないらしい。


オーウェンの目から見ても、エルトンやハルー、オジーは本気でステファニーに恋をしていた。

互いに牽制しながら、どうにかステファニーの心を掴もうと必死だった。

それがこんな形で終わったのだから、やりきれないだろう。

程々にな、と声を掛けるにとどめる。


さて、ステファニーだが。

駆け付けた父親にハルーの報告書を見せると、短くない弁明をした後、その日の内にステファニーの退学の手続きを取り、親子共々逃げるように去って行った。


父親は娘の所業を知っていたのだろう。

これ以上暴かれないように早々に逃げたのだろうが、これで終われる訳もない。


ハルーの様子を見るに、あの父子とはまた近々会う気がする。

それがどこでなのかは分からない。

もしかすると、裁判所かもしれない。





翌日、何となく重い気分で学園の門を潜る。

エルトンはいつもと変わらずに軽いが、オジーはステファニーがいなくなった事もショックの様で、落ち込んでいる。

緑の瞳は曇り、丸い背をさらに丸め、垂れ下がる長い黒髪が鬱陶しい。


ハルーはオジーに一瞥をやるだけで何も言わないが、エルトンはそんなオジーの背をバシバシ叩いた。


「おい、オジー、元気出せって。

女はステファニーだけじゃない、いっぱいいるぞ」


今はステファニーの名を出すだけでオジーはさらに落ち込んでいるが、エルトンはそんな事を構わずオジーの顎を掴んで前を向ける。


「ほれほれ、ここに通うほどの才女となるとキツイ女ばかりだが、女は女だ。

よく見て心を癒せ」


無茶な事を言う。

そろそろ止めるべきかと思った所で、エルトンが「あっ」っと声をあげた。


「どうした、エルトン」

「知らない女がいます。転入生ですかね、学園の制服を着てるし」

「転入生だと?」


エルトンの目線の先には女生徒が三人いた。

二人は見知った女、エリザベスの友人達だ。

もう一人はーー


その女の顔を見て、オーウェンはぎしりと固まった。

固まるオーウェンを尻目にエルトンとオジー、ハルーが話し出す。

見慣れない顔をした、だがオーウェンのよく知る女について。


「ほれほれ、オジー見ろ!

見慣れない、いい女がいるぞ」

「どこの誰でしょうね、見覚えがありませんね」

「ハルー、どこの誰なんてどうでもいいじゃねえか。

男と女はフィーリングだぜ」


訳の分からない事を言うエルトン。

奴はもうステファニーの事など頭の片隅にもないと思われる。


「オジー、見ろよ。

顔立ちは幼いけど、体はいい体してるぜ。

胸が大きいな、腰細いな。いいケツしてるな。

抱き心地良さそうだ」

「笑顔が可愛い子だね」

「だよなー、話しかけてみるか?」


エルトンはオジーの肩を抱き、話しかける。

小柄なオジーは大柄なエルトンに潰されそうだ。


二人の会話を聞きながし、オーウェンは先にいる女を見つめる。

背中まであるうねる黒髪は緩く編まれ、飾り気もない。

化粧をしていない顔は幼く、可愛らしい。


オジーが戸惑ったような声をあげた。


「え? でも」

「見ろよ、周りを。

俺らの他にも話しかけようとしている奴らがいるぜ。

先手必勝だ」

「そうですね。

話しかけるぐらいいいでしょう。

酷い女に騙されたばかりですから癒しが欲しい」

「おお、ハルーもやる気だな。

癒しなんて格好つけるなよ。

あわよくば慰めてもらいたいんだろうがよ、体で」

「下品な事を言わないように。

私は君ほど低俗ではない」

「格好つけるな、そんなんだから変な女に引っかかるんだよ」

「なんだと?」


エルトンとハルーの間に険悪な空気が流れる。

だが、オジーの声でそれは霧散した。


「僕、話しかけてみる。

もしかしたら僕の傷付いた心を癒してくれる女神かもしれない」

「よし、やる気になったな。行こうぜ」

「そうですね。他の奴に先を越される前に行きましょう」

「うん。そうだね。じゃあ」

「おう、行くぜ」

「待て!!」


道の先にいる黒髪の女に突進していきそうな三人を、オーウェンは止めた。

三人とも不満そうにオーウェンを見る。


「なんすか? オーウェン様。

グズグズしていると、彼女を他の奴らに取られちまうじゃないっすか」

「エルトン、お前は去勢しろ。

あと、ここ十分の間に思った事を全部消去しろ。

消去しなければ、その軽い頭をかち割る」

「なんでですかー? ひでー、横暴」


悪態を吐くエルトンは無視する。

ハルーに目をやれば、止められた事に不満そうだ。

オジーは彼女の事が気に入ったのか、珍しく反抗的な目を見せた。


「オーウェン様も彼女に心奪われたんですか?

彼女は駄目です。僕の女神です。

僕の心を癒してくれる優しい人なんです!」

「オジー、お前はその変な思い込みをやめろ。

彼女はお前の女神じゃない。

彼女にはもう婚約者がいる。諦めろ」

「!」


オジーはショックを受けた様で、その場にしゃがみ込み、意味もなく地面に丸を書き始めた。


「婚約者がいるって、彼女が誰か知ってるのですか?

婚約者って誰です?」

「よし、下手な野郎だったら俺が追い落としてやる!」

「僕だ」


不穏な事を言っていたエルトンが止まる。

オジーもがばっと立ち上がった。


「え? オーウェン様が婚約者って、まさか彼女、エリザベスさんっすか!?」

「そのまさかだ」

「へえ〜〜! あの化粧の下はあんなに可愛かったんっすね」

「殿下、だから彼女にあのような化粧させてたのですか? 男が近寄らないように」

「いや、そういう訳じゃないが・・」


ハルーの指摘に、オーウェンはしどろもどろに答える。

エリザベスとの婚約が嬉しくて恥ずかしくて、顔をまともに見れなくてつい「化粧でもしろ」と言ったのはオーウェンだ。

エリザベスはオーウェンが化粧をしろと言った事と年上好きという思い込みであの様な化粧をしていた。

化粧をしていない顔は昔の様に可愛らしい。


「でも、言いつけを破って化粧をやめたって事は、殿下に愛想をつか尽かせたという事ですかね」


ハルーがぼそりと言った言葉が胸に突き刺さる。


(僕に愛想を尽かせただと?)


愛想を尽かされる理由など・・。

細かい事まで思い出すと一杯ある。

オーウェンが不安になっていると、それに追い打ちをかける様に、男どもがエリザベスに声をかける。

容姿を褒められたのか、恥ずかしそうに頬を染めるエリザベス。


オーウェンの中で、何かがブチっと切れた。

オーウェンは足早にエリザベスの元に歩み寄る。


「おい、何をしている! そんな場所で集まっていたら邪魔だ」


道から外れて話していたので全く邪魔ではなかったが、ついエリザベスの笑顔を消したくて怒鳴ってしまった。

エリザベスがオーウェンを見る。

幼い頃の面差しのあるエリザベスを見ていたら何も言えなくなった。

昔と変わらず可愛くて、かつ綺麗になった。

その青い目を見ていると心臓が高鳴った。

何も言わずに二人は見つめ合う。

先に動いたのはエリザベスだった。


「おはようございます、オーウェン様」

「ん? 見慣れない女がいると思ったらお前はエリザベスか。

いつもの化粧はどうした?」

「これからはお化粧は控えようと思いまして。

どうも無駄な努力だった様ですから」


チクリと嫌味を言われて押し黙るオーウェン。

先ほどのエルトンや男どもの事を考えると、素顔を晒すな、化粧をしろと言いたくなるがぐっと堪える。


エリザベスは自分の好みの為に変な化粧をしていた。

間違った思い込みだったが、オーウェンの為だった。

その想いに応えたいと思った。

まずは可愛いと褒め、エリザベスがいい気分になったところで、自分の想いを告げる。

今までの事は水に流し、お互い素直になって、相手を慈しみ、暖かな愛を育てるのだ!


「エリザベス!」

「はい、なんでしょうか」


素顔で見上げられ、オーウェンの心臓が高鳴る。

緊張で口が渇いてきた。


「お前の素顔は・・・」

「はい」

「か・・・」

「か?」

「かわ・・かわ・・・」


いつの間にかまた野次馬が集まってきた。

野次馬達の生暖かい視線を感じる。

焦ったオーウェンは一気に言い放った。


「お前の素顔は、変わらずガキ臭いな!!」


エリザベスの事が好きなのに、素直なれずに意地を張るオーウェンと、やっぱり素直に好きと言えないエリザベス。

二人が仲睦まじく過ごせる日はまだまだ遠い。




お読みいただきありがとうございます。

婚約破棄とざまあが流行っているので、書きたくなって書いてしまいました。

期待していた内容と違う方には申し訳ございません。


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[良い点] ざまあを読みたくて読んだのですが、王子がいい意味でのバカっぷりで周りの人もちゃんとした人たちで、ステファニーは相手にもされてないざまあっぷり。エリザベスはかわいい人だし、スカッとして微笑ま…
[良い点] 自称ヒロインの断罪ストーリーキボンヌ!!
[一言] オーウェンを応援し隊
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