腐敗の犬
「隊長お聞きしたいのですが、森へ放ったあれは一体なんでありますか?」
一人の兵士が隊長と呼ばれる男に大きな声で檻の中から出したもののことが気になり聞いてみた。
「お前は新兵だから知らんだろうがあれは超能力者を作る前に作られたいわゆるモルモットだよ。あれのおかけで人造人間が生まれたと言ってもいい。超能力犬、研究者はそう呼んでいたよ」
「ですがなぜ我々がここで待機なのですか。その超能力犬とやらと一緒に追えばよかったのではないですか」
この新兵は不満だったのだ。彼は成績トップで入ったが何の成果も上げられないでいた。そんな時に超能力者の脱走だ。ここで一人か二人捕まえれば十分すぎるほどの成果かとなる。そして案の定、一人にナノマシン弾を当て追い詰めたのだが犬に任されと言われたのだ。
自分よりあの犬なんぞが優っているわけがない。俺はいつか人の上に立ってやるんだ。
新兵はそんな思いを胸に秘め、森の中へ突入することを志願したのだ。
「いいか、お前は超能力を甘く見ている。確かにあの犬は超能力者を作るためのモルモットだが、かなり凶暴だ。だからこそ人に超能力を持たせる。うまく利用できるようにな。今回は緊急事態ゆえにあの犬を森へと放った、いや森を捨てて超能力者を処分することに決めたと言ったほうがわかりすいか。いいか何が何でもここで待機だ」
ケッ、要するに隊長は超能力が怖いだけなんじゃないか。それであんなもんまで引っ張り出してきたんだ。人が人を殺らなくて誰が殺る。俺たちにはこれがあるじゃないか。
新兵は手に持った対超能力者用ナノマシン弾が装填されたサブマシンガンを見つめた。
「了解しました」
上辺だけ納得したように振る舞い。少し時間をあけてトイレに行き、窓から外へと出た。
「絶対に仕留めてやる」
彼は誰にも気づかれないように塀を飛び越え森へと入った。そこは何か腐ったような匂いがしたが無視して奥へと進んだ。
だが彼はその腐敗臭がなんなのか確かめるべきだった。木の下に転がっている腐ったイノシシを。
「なぁ、ガレッド」
「なんだ肩を貸してやってるのに文句があるのか」
「いや、それに関しては感謝するんだが…その…胸どうにかならねぇか? さっきから当たって気になっているだが」
ガレッドの豊満な胸はずっとダンの胸が当たっていたのだ。
「おお。す、すまない」
驚いて肩を離しすと支えを失ったダンは頭から地面に落ちてしまう。
「いて! お前わざとだろ、俺は足が痛いんだからもう少し丁寧に扱えよ」
片膝をつき起き上がろうとするとガレッドは手をダンの目の前に差し出した。
「注文が多いなまったく……」
恥ずかしそうに出したその手を借り起き上がるとあることに気がついた。
「おい、ガレッド。なんか臭くねぇか?」
「何! 私は毎日お風呂に入って全部洗っているぞ。髪の毛なんてリンスもしているからな」
手で紫色の髪を近くまでよしつけ見せてつける。その時、微かに桃の匂いがした。
「いや、お前はいい匂いするよ。俺が言ってるのは研究施設方面から来る匂いだよ」
親指で後ろを指しすので、ガレッドは気になって匂いを嗅いでみた。
「ぬ、確かに。変な匂いがする」
とても言葉では言い表せないほどの悪臭だが、体に害がないので毒ガスの類でない。もっと別のものだ。
「とにかく急ぐぞ、足の痛みも随分引いてきた」
二人は街の方へと走り出したが、ダンは足を引きずったままなのでかなり遅い。これではいつか追いつかれてしまうのではないかとヒヤヒヤする。
だが後方からは人影どころか何も聞こえない。
「あいつらもしかして諦めたのか」
「ダン、奴らの恐ろしさは知っているだろ。この先何か仕掛けてあるか、準備に手間取ってるかだろ。必ず追ってくる」
ダンは少し昔の知り合いを思い出した。彼は施設にこもりっきりの生活が嫌で逃げようとしたが蜂の巣となり帰ってきた。
彼は何も悪くなかった。ただ空を見たかっただけなんだ。それなのに政府はそんなことも許してくれない。人造人間には権利などないのか。
ダンの政府による不満はここから始まった。
「もう二度とあんな思いはしたくない」
仲間が殺される思い。怒りを通り越し、何もかも壊したい感じだった。彼と同じように綺麗な穴だらけに…。憎しみは力へと変わった。
「そうだな。そのためにも二人と早く合流しなくてはな」
森の中をもう十分ほど走り続けてきたがまだ妙な匂いは消えない。
「後ろにドリアでもあんのかこの臭さは」
苛立ち、ダンは後ろに何があるのか振り向いて確認した。
するとダンの目に映ったのは犬だった。
大柄で鼻、耳、口や背中部分が黒くその他が茶色い毛をしている。ジャーマン・シェパード・ドック、シェパードと呼ばれることが多い牧羊犬だ。
だがこのシェパードは何か様子がおかしい。ヨダレは垂らしまくりだし、歯からは今まで感じてきた嫌な臭いが漂ってくる。
「おいおい、何だよあの犬。ちゃんと歯磨いてんのか」
ちなみにダンは朝、夜と二回磨いている。
「そこじゃないだろ。恐らくあれが追っ手だ」
「あれがか? でも飼い主さんたちは見えねーな」
後ろにもいないし、木々に隠れながら近づいてきている様子もない。
「いや、足音が一つ増えたぞ」
ガレッドの忠告通り、一人の新兵が後ろから追いついてきた。
「そこの逃亡者、止まれ! 止まらなかったら撃つぞ」
新兵はできるだけ声を張りサブマシンガンを構えた。
「おいおい、それはドラマの見過ぎだろ。今時そんなの俳優でもなかなか言わねーぜ」
ガンッ!
新兵はダンの足元に撃った。
「これは警告だ。次は必ず当てるぞ」
「ほう、凄いな」
ダンは感心した。走っている最中に足がどう動くか予測して当たらないギリギリのところに撃った。
偶然という言葉だけで片付けられない。これが彼の実力なのだと言わんばかりの穴だ。
しかしその穴では止まらない。
「クソ、聞いてるのか」
新兵は何発か撃つがギリギリでかするだけでだんには一切当たらない。
「もしかして新兵かお前。人を殺したくないって感じだもんな」
図星をつかれた新兵は歯を食いしばるだけで何もできなかった。
ふと、隣で併走している犬を見つけた。今まではダンたちに気を取られて気がつかなかった。これが隊長が超能力犬だとわかり銃口を犬の方向へ向けて軽く引き金を引いた。
「ほら犬! あの二人の動きを止めてみろ」
馬を鞭で叩くのと同じ要望だ。これで隙ができるかもしれない。……と思ったのだがシェパードは低く唸り越えをあげ、新兵に飛びかかった。
「仲間割れかよ。ま、こっちにとっては好都合だかな」
新兵と犬を見ながら距離をつける。
「クソ! 離せこの犬ごきが、俺は上に行くんだ。邪魔するな」
シェパードにのしかかれた新兵はグーで殴りつけるがビクともしない。まるで鉄板を叩いてるようでまるで手応えごない。
ダンたちと同じように超能力に耐えられるように頑丈に作られているのだ。
それを知らない新兵は拳が血まみれになるほど殴り続けた。
「バウッ!」
痛くはないが鬱陶しく感じたのか腕に噛み付いた。
「ぐ、このクソ犬がぁ!」
足で蹴り上げ吹き飛ばして新兵は起き上がった。腕はそれほど血が出ていないが痛みが激しい。
だがこんなことでへこたれてはいられない。あの二人を捕まえて施設に戻るんだ。そしてこんな犬よりあんなクソみたい隊長なんかより役に立つと見せつけてやる。
自分の中で違いを立てた新兵はのしかかれた際に手放してしまったサブマシンガンを拾い上げた。
ガタッ。
しかしまた地面へと落としてしまった。確かに掴んだはずなのに……。
地面からまた拾おうと出した右腕に驚いた。
ないのだ。犬に噛みつかれたところから下が切れて銃を掴んだままでいるのだ。
「な、なんだこれ。どうなってんだよ」
慌てふためく中で彼は右腕の臭いを嗅いだことがあることに気づいた。そう、これは森に入る時に嗅いだあの臭いだ。
「この腐れ犬がぁーーー‼︎」
腐り落ちた右腕をまだ何ともない左腕で振り払い銃を拾い撃つ構えをした。
だが彼の鼻先にはおぞましい匂いの歯が迫り覆っていた。
通常の犬よりも遥かに高い顎の力でそのままカブリと噛みつき首から上を引きちぎった。
頭はズブズブと腐っていき骨となり、残った体も溶けてしまい、悪臭が立ち込めた。
その頃、施設では一人の新兵が消えたという報告が隊長の元へと届いていた。
「隊長、どうします。施設の中を探しますか。今なら暇な兵士は沢山いますし」
暇というより、彼らの目はウズウズしているといった感じで銃の手入れを入念にしている。有効な武器を手にしているとはいえ超能力を相手にすることに怯えているのだ。
「いや、これから何が起こるかわからんし、それはその新兵の責任だ。私は死んでも責任は取らん」
「いえ、まだ死んだという可能性は……。この施設内にいる可能性だって」
「死んでいる、死んでいるさ。あの目をした者は大抵死ぬ運命にある」
隊長は長年の勘でわかっていた。あれはプライドが高く、そのせいでつまらない事で死んでしまう目だと。