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DEADストライク   作者: 和銅修一
24/26

水を食え

「はあ、やっぱりここは嫌だな〜」

 眼鏡をかけたウェーブのかかった水色の髪を揺らしながら塔の中を見回るエレシュキガルはここに嫌気が差していた。

 ここは普通のところと地下に死玉を保管しているのだが、地下の方が重要な人物の死玉が保管されているのでいつもここら辺を見張っていなくてはいけない。

「ここは息苦しいんですけど、他のみなさんはどんな塔で見回りをしているんでしょうか?」

 電気はついているが、それでも薄暗くてジメジメしていてここのいいところは入り口が隠されていて死玉の数が上より少ないから敵に見つかりにくいし、管理が簡単だということしかなくそれ以外は悪いところしかない。

 だから他のみんながどんなところでもこれ以下ということはないだろうからそこに行きたくなってしまう。

「でも、ここを任されたからには頑張らないと」

 グッと両拳を握りしめて気合を入れ直して巡回を続けると何やら変な音がした。

 音は死玉を保管している棚の方からだ。

「な、なんだろう?」

 薄暗いからさらに恐怖が募る。

「だ、大丈夫ですよ。私にはクルヌギアがあるじゃないですか」

 クルヌギアとは彼女の鎌の名前であるが、それを持ってはいない。

「あ、あの〜誰かいるのでしょうか?」

 足音を立てないようにゆっくりと歩いて問題のところまで行くとそこには死玉を齧っている一人の男がいた。

「う、みふかっひゃった」

 う、見つかったちゃったと死玉を齧りながら腰を低くして近づいて来た死神であろう彼女の方を向いた。

「な、何をなされているんですか?」

 あまりにも奇妙な光景なので頭の中が混乱していたが、よっぽど気に入ったのか頑として死玉を齧ることをやめない。

 死玉は大切にされて普通の死神なら触れることすら躊躇(ためら)うというのに手入れの行き届いた歯でそれを噛んでいる。

 何も知らない人がふと見るとりんごを齧っているようにも見えるが、そのりんごのように赤い玉を食べることは(おろ)か、歯型ふらつけられていない。

「ちょ、ちょっとそれを噛むのはやめていただけまんせんか。大事なものなんです」

 壊れることはなそうだが黙って見過ごすわけにはいかない。

 大事に保管されている死玉を齧った奇妙な男で、この塔の地下を知っているならば返す訳にはいかない。

「わひゃった」

 素直に聞き入れて死玉を口から離して、あまり綺麗とは言えない床へと置いた。

「ま、まず聞きますけどあなたは誰なんですか?なんで死玉を食べようとしていたんですか?」

 戦う気はなさそうなので、とりあえず気になったことを質問してみた。

「僕っちはプライン=ドルナーデ。いい匂いがしたこの玉を食べようとしたんだけど、なかなか硬くてね〜」

「い、いい匂いですか?」

 まず死玉から匂いがするなんで初めて聞いた。そもそも食べ物でないからそんなことは気にしていなかっただけで本当は彼みたいに齧りたくなるほどのものかもしれないと鼻を近づけて匂いを嗅いでみるが何も感じ取れなかった。

「別にそんなのありませんけど、あたまの鼻はどうなっているんですか?」

 それに何でも噛むところはまるで犬みたいだ。

「わっかんないかな〜。まあ、いいや。これ食べられそうにないからな〜。じゃあ、僕っちはこれで」

 態とらしく敬礼してその場を立ち去ろうとするがそれは塔を任されている身としては決して逃してはいけない。

「待ってください。あなたはどうやってここに来たんですか?ここは死神以外は許可がないと入れないんですよ」

 だが許可があれば入れるとはいっても形だけで本当に死神以外でここを訪れた者はいない。

「どやってって、何か変な門くぐってその中にあった変な道をめっちゃ歩いたら着いたぞ。あ、けどここに入るのにはキリやんの助けがあったから入れたんよ。キリやんは空間とかそういうの得意だから」

「門?それは知りませんが、あなたはそのキリやんという人とこの冥府に来たのですか。そんなこと普通の人にはできません。ならばあの超能力者というものなんですか?」

「さぁ?どうだろう」

 腕を組んで首を傾げた。

「な、なんですかその曖昧な答えは」

「いゃあ〜僕っちね、記憶がないんだよね。気づいたらキリやんと行動してたし力もあったし、知ってたけどこの力が超能力がどうか知らないんだよね〜。キリやんは超能力者だって言い張るけど本当のことはまだわかってないよ」

「つまり、あなたが超能力者かそうでないかはまだわかっていないんですか。でもそれじゃあ、一体何者なんでしょう?死神なら鎌を持っていているのはずなんですけど」

 だがそんなもの持っているようには見えない。

「そんなのそっちも持ってないじゃん」

「私の鎌は小さいから出していないだけです。ほらこれが私の鎌、名前はクルヌギアです」

 ポケットから出したケースには爪楊枝ほどの小さな鎌が幾つも入っていた。水色のそれは細かいところまで手が行き届いていてとても綺麗だ。

「死神って自分の鎌に名前なんてつけるんだ。超能力と少し似てるね。超能力もちゃんとした名前あるし」

「へぇ〜、プラインさんの超能力はどんな名前なんですか?気になります」

「ん〜、ごめーん。教えるなってキリやんに言われてるから無理なんだ」

「そ、そうなんですか……」

 超能力の名前は意識するようにして体内にある超能力ナノマシンをうまく扱えるようにするためのもので、それでその人の超能力がどんなものか分かってしまうものが多くある。

 だからこそキリヤはそんなことも知らないプラインに忠告しておいた。

 プラインは忠告は覚えてそれを守る男だと知っていたキリヤだから忠告して今それが役に立った。

「じゃあ、エレシュキっちの鎌はどんな能力があるんすか?」

「エレシュキガルです。勝手に略さないでください。それにプラインさんが答えないなら私も答えませんよ」

「そっか〜、残念。なら僕っちはこれで。ここには欲しいのはなかったから」

「待ってください!」

 話の流れで自然と帰ろうとしたプラインだったがあと一歩のところで、顔が真っ赤になるほど大きな声を張り上げたエレシュキガルに止められた。

「私はここを任されている死神です。それに冥府に部外者が侵入した場合、重要物を傷つけた場合は取り押さえて本部に連れて行く義務があります」

「ま、待ってよ〜。確かにここには無断で入ったけど重要物なんて壊してないからここは見逃してくれないかな〜」

「駄目です。ここは入ることすら許さない場所です。それにプラインさんは死玉を噛んでたじゃないですか。傷はついていなくてもその意思があったものとみなされます」

 眼鏡の位置を人差し指で調整して、床に落ちたヨダレだらけの死玉を指差した。

「どうしても駄目?僕っち、超能力者かどうかもわからないんだよ」

「それは後ほどこちらが調べますので気にしないでください。まずはここに無断で侵入してきた罪がありますから、とりあえず大人しく本部に連れてかれてください。私が案内しますから」

 キラリと眼鏡のレンズを光らせて、すり足で距離を詰めて行く。

「捕まるのはまずいな〜。まだ目的のものが見つかってないし、キリやん達と合流しなくちゃいけないしな〜。ねぇ、本当に許してくれないの?」

「しつこい人ですね。これが私の仕事なんですから仕方ないじゃないですか」

 子供っぽくてじれったい態度に流石のエレシュキガルも苛立ち始めていた。

「じゃあ、仕方ないや。エレシュキっちを倒してからここを出るよ。それならエレシュキっちは仕事をしたことになるから何の問題もないっしょ」

 軽い感じだったのが、一瞬で目の色を変えて捕食者の目と化した。

「わ、私を倒す……ですか?それはまた大きく出ましたね。これでも戦いには自信があるんですけどね」

 いつも練習をして誰よりも努力してきた。冥府にはそれでも敵わない天才たちが数多くいるけれど、負けたことはない。

 それが今の自信へと直結している。

「クルヌギア。私に力を貸して」

 目を閉じてポケットにしまっていた小さなケースを開くと、極小の鎌を宙に浮いた。

 それから頭の上でグルグルと回転して、徐々に鎌から粘着質な水が溢れ出てきた。

「水か〜。水って味がないなから嫌いなんだよね。せめて味があるやつじゃない好きになれないよ」

「好き嫌いを言うなんて死玉を齧っていたプラインさんらしくありませね。それとクルヌギアを甘く見ない方が身のためですよ」

 自身に満ちた一言と人差し指で眼鏡を上にあげたと同時に水を纏った鎌は侵入者に向かって飛んで行った。

 数は十から二十。

 それは一つの塊となって行動していたが、ある程度距離を詰めた時点でバラバラになった。

 これらを動かしているのは全て鎌の持ち主であるエレシュキガル本人だ。鎌が意思を持っているわけではない。

 それはキリヤが戦ったホロンと同様のことだ。彼女の場合は見えない鎌、計六本を同時に操っていた。

 六本でも死神の中では同時に操れる鎌としては多い方だがエレシュキガルはそのさらに上を行く。

 ホロンの数の二、三倍ほど。さらにホロンが同じようにしか動かせないのに対してエレシュキガルは努力の特訓の成果で全ての鎌をそれぞれ違うように動かせる。

 これにはとてつもない集中力が必要で自分が動けなくなってしまうのが弱点。

 だがそれは鎌の素早い動きで敵を翻弄することで補うことができる。

「うおっと!」

 まだ余裕の笑みを見せているが、クルヌギアの四方八方からの攻撃で切り口が幾つもできているし少しだけ疲労が見えてきた。

「これが私と鎌の力です。今は急所を外して殺さないようにしていますが、これ以上抵抗するならもう容赦はしません。大人しく投降することをお勧めします」

 もはやプラインにとって勝ち目のない戦いだ。

 左右にある棚には複数の鎌を隠しているし、その棚のせいで動きが制限されている。

 小回りが効く小さな鎌を避けるのは困難な場所。しかも武器を持っていないので素手で相手をしなくてはならない。

 圧倒的不利。

 戦いなど知らない人でもそれだけは分かる。

 だけれども不利な状況下に置かれているのに、いつもの明るくて少し不気味な笑みを浮かべ続けている。

「な〜るほど。通りでやる気が出なかったわけだ。エレシュキっちが本気出してないなら僕っちも本気出せないっすよ。ほら、本気を出してくださいっす。僕っちも本気で応えてあげるっすから」

 鎌から溢れる妙な力と似たような雰囲気がゆっくりと歩み寄ってくる。

「ぼ、防御結界」

 危険を感じて、圧倒していた鎌での攻撃をやめて自分の周りに集めて水でドーム型の壁を作った。

 それだけで多くの鎌を使ってしまい、余ったのはたった二つとなり、それらは何かの様子を伺うようにグルグルと回る。

「ん?何のつもりかな〜?僕っちの話聞いてたっすか。本気を出して欲しいんっすよ。そんなちんちくりな技じゃなくで」

「見た目は地味でわからないかもしれないけどこれがその本気がこれよ。名前は特に決まってないから防御結界と呼んでいるわ」

 不機嫌に深くため息を吐きながら、棚に並べられていた死玉をおもむろに手に取った。

「それでその防御結界っていうのは何をするんすか?ビームとか出るんすか?」

「そんなもの出ません。ただ全ての攻撃を防いで、余ったこの二本の鎌で隙をついて反撃するだけです」

「たったそれだけっすか?それの何が面白いんっすか。単純作業でつまんないじゃないっすか」

 地味で面白みがない。

 プラインが嫌いなものだ。それは昔っからそうなのだと記憶を失っていても直感でわかる。

「戦いに面白みはいりません。必要なのはいかに犠牲を減らして相手を鎮静(ちんせい)するかです。本気だとか本気じゃないとか関係ありません。それに私は戦い自体が嫌いなんです。結局、誰かを傷つけるだけなんですから……」

 昔のことを思い出して防御結界の中で悲しい顔をしたが、記憶がないプラインにはできない顔。

 でも、それでこの戦いをやめるプラインではない。自分が思った通りに動く。ただそれだけの存在。

 彼にとって自分が超能力か死神かなど、どうでもいいことに過ぎない。

 ただ楽しみたい。

 なぜかもう時間がない気がしてならないのだ。記憶がなくなって曖昧だが心の中に潜む何かがそう囁いてくる。

「じゃあ、その防御結界破らせてもらうっすよ。でも女の子を殺したりする趣味はないんで安心してくださいっす」

 深呼吸をすると大きく振りかぶって、防御結界に向かって握りしめた死玉を投げた。

 水の壁に吸い込まれるように飛んだ死玉は文字通り吸い込まれて、厚い水の層の途中で止まってしまった。

「あ、あれ〜?こんなはずじゃなかったのな〜。だってさっきのはダンっちの超能力を使って投げたんすよ。でも残ってる超能力ナノマシンは少なかったから継続時間は短くてそれで……いや、あれだけあれば三秒ぐらいもったはずっす。ならあの壁に原因が」

 防御結界に到達するまで一秒、事実上は二秒ほどしか接触していない。だがそれでも威力は十分だと踏んでいたが全く足りなかった。

 珍しく頭を使っての戦闘になりそうだと、死玉を中に取り込んだ水の壁を見つめた。

「とりあえず、こういうのは色々試してみた方がいいんっすね。だったら次はこれっす」

 落ちていた死玉を拾って真っ直ぐ投げるのではなく、直感的に投げた。

 投げた先は全く方向が違う壁だったが、硬いはずの死玉がまるでスーパーボールのように反射して反射して上から防御結界に突っ込んだ。

 この超能力は冥府に来る時の空間の道で分けてもらったものだ。もちろん他のみんなのももらった。

 この超能力は上手くいくか心配だったが、九回か十回ぐらいはバウンドした。威力は十分だ。ストライク二秒分よりも総合的な攻撃は上のはず。

 今度こそ水の壁が崩れるのを楽しみにしていたがそれはまた崩れることなく、死玉は水の中に囚われて同じ結果になった。

「たかが水に僕っち自慢の攻撃が防がれるなんて……」

「普通の水ではありません。これは鎌が生み出している表面張力が強力な水です」

「表面張力?」

 記憶がないからか、それともあっても馬鹿かのか首を傾げてキョトンとする。

「表面をできるだけ小さくしようとする傾向のことで、これで水に軽いコインなら浮いたりします。私はこれを最大限まで発揮させるために鎌で幾つもの層を作って水面張力の層が出来上がったんです。この水面張力の層はあらゆる攻撃の吸収剤となって、それと水で押し返すことによって今まで攻撃を止めました」

 二連続で攻撃を止めたエレシュキガルは余裕が出てきたのさ、わざわざ説明をスラスラとする。

 これで原因はわかったが、これはシンプル過ぎて弱点がない。

「ならより強い攻撃をすればいいだけのことっす」

 もはやなりふり構っていられないと言わんばかりに右拳を前に出しながら防御結界のところまで自分の足で走る。

 余りの鎌で傷をつけて止めようするが、突進はさらに加速した。

「ぼ、防御結界最大出力!」

 何か嫌なものを感じ取ったエレシュキガルは攻撃用に余らせた二つの鎌も合わせて水面張力による壁を作る。

 だがその拳は鎌が防御結界の一部となったことを確認したら急に止まった。

 防御力が上がったから諦めたのかと拳の主の顔を見てみると歯を見せて笑っていた。

「それを待っていたよエレシュキっち」

 拳を解いて代わりに指を鳴らした。

 それが合図となってエレシュキガルの努力の結果である防御結界は爆発して崩れ去った。

「表面張力って何なのか説明聞いても正直わかんなかったけど中からの攻撃なら効くんじゃない」

 鎌は全て粉々に砕け散って、床はクルヌギアが纏っていた水でいっぱいになった。

「い、一体いつ爆弾なんて仕掛けたんですか。それに爆弾なんて見えませんでしたよ」

 そんな事をしている素振りも見せなかった。爆弾を仕掛けているなどとは考え付きはしない。

「これも超能力っすよ。液体に触れればそこから魚雷が作り出せるっていうのっす。ダンっちが殺した超能力者の死体からもらった超能力なんっすけどこんなところで役に立つなんて思ってなかったす」

 液体に触れるという発揮条件は運がいいことに攻撃が多かったから何度もあった。

 咄嗟にこの超能力があることを思い出したから仕掛けたのだが防御結界の時に運悪く、それが攻撃用の鎌として使われたので強引に行って騙すしかなかった。

 まだ何かあるのではと。

 しかし実際はもうほとんどの蓄えは使ってしまい一番攻撃力が高いダンとバンの超能力を使ってしまったから防御結界を破る方法は仕掛けた超能力にかけるしかなかった。

 そして賭けには勝ち。

 あそこでもし仕掛け入りの鎌が防御結界の仲間入りにならなかったら何の勝算もないまま表面張力の層に腕を突っ込むことになっていのだ。

「じゃあ、今度こそ本当の本当にさよならっす。その状態じゃあ戦えそうにないっすからね」

 鎌の操作練習ばかりしていた彼女の腕の筋肉は薄っぺらい。

「ひ、一つ。教えてください。プラインさんにとって戦いとはなんですか?」

「自己満足かな?勝ち負けは関係なくて楽しめればそれで良しなんだよ僕っち的にはね」

 吐き捨てるように呟いて、地下からでる出口を開けた。

「さ〜て、これからどうしたはいいっすかね〜?」

 全く作戦を聞いていない。

 仕方なく冥府で一番目立つ建物の方角へと走って行った。

 そこはラカサたちが囮役として潜入した魂の神殿のある方角ではあることにプラインは気づいていない。

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