姿なき鎌
「死神について教えてくれるって?それは願ったり叶ったりだけど授業料はツケにしといくれないかな?生憎まだ払えそうにない」
「なに言ってるの。私から見たらもうすぐ払い終えるくらいの域に達しているんだけれども」
強がりを言いながらも誰の目から見ても服も体もボロボロで立っているのもきつそうだ。それは目が不自由なホロンでも息遣いで手に取るようにわかる事実。
「そうかい?じゃあ授業だけ始めてもらって払うに値すると思ったら授業料を払うとするよ」
「分かったわ、もう虫の息だし、教えても問題ないから今回は特別に話すけどこれは死神しか知らないことだから心して聞いてね変な人」
「は〜い。僕の特徴は真面目なところですから安心してくださいよ先生」
傷を抑えていた手を離していつも通りに振る舞ってみせた。
「そんな状況でもそんな減らず口を叩けるなんて教えがいのありそうな生徒ですけ。ではまず死神の武器について説明します。通常、死神の武器は鎌でそれを駆使して魂を刈り取ったり、敵と戦ったりしています」
今みたいにねと言わんばかりに最後の方で声の雰囲気を変えて脅しにかかるがキリヤは無反応なのでそのまま話を続けることにした。
「それと鎌には不思議な力が備わっていて、その鎌は使えられるほどの力量になったら親や師匠などから授かることが多いので誰もが形見のように大事にしています」
「先生、しつも〜ん!」
元気良く挙手をしたのはたった一人のキリヤで、手が耳にくっつくほどに近づけて手本のような挙手だ。
「はい、変な人。質問とはなんでしょうか?」
ここではちゃんと名前で呼んでくれるのではないかと少し期待していたキリヤはまだ変な人扱いされているのにガッカリしながらも生徒役を辞める気はない。
「先生の鎌はありませんか?それはどうしてですか?」
「教えるわけないでしょ。どさくさに紛れて鎌の能力を聞き出そうとしないでください変な人」
どうやら死神も超能力のみたいにその力がどんなものなのかを知られないように気をつけているらしい。
「あと紹介すると言ったら神でま千年や二千年とか生きられないことね。そこは人間と同じくらいの寿命となってるわ」
「なら先生は何歳?」
「私はまだ二十一歳……って何言わせるんですか変な人。セクハラですよセクハラ」
不意をつかれて素で本当のことを言ってしまったホロンは慌ててもみ消そうとするが既に手遅れ。
知られたくない情報を知られてしまった。
「いや〜、ちょっとした好奇心ですよ〜。そんな怒ることじゃないですか。もしかして歳は知られたくなかったんですか?」
確かにホロンにとっては歳のことは知られたくないことだ。それは見た目よりも年を食っていて馬鹿にされたことが多々あるからで自分に自信がないわけではない。
「べ、別にそういうことではありません。それよりこれでもう大体のことは教えました。黙って死んでいただけますか。その方が楽ですし、これ以上塔の中を荒らさなくて済みますから」
塔の中は死神にとってただ倉庫ではなく、重要なものが保管されている宝箱。その宝箱を荒らされるのは誰だって嫌なことである。
「残念だけどそれは無理だよ。ツケだって言ったでしょ〜。五十年ぐらい先に延ばしておいてよ」
「そんなに待てるわけないじゃないですか!武器を持って私と戦って負けてください」
「戦うのも負けるのも嫌だな〜。どうしても見逃してくれのないの?」
「当たり前です。ここであなたを見逃したら私は反逆者になってしまいます。だから私にとってこの戦いはどうしても避けられないものなんです。それに私はやるからには徹底的にやらないと気が済まないので、そのつもりでいてください」
目の色は今だにわからないが、本気なのは雰囲気でなんとなくだが感じられる。
誰だって反逆者になどなりたくはないだろうし、目の前の敵を放っておくほど甘くはないだろう。
「そですか〜。あなたは今まで見てきた死神とは違ったので戦いたくはないのですが、そういった理由ならば受けざるを得ませんね」
盲目てあることは他の死神と違う点に入るのだがそれ以外に彼女が持っているであろう鎌。これが一番気になっていた。
死神が全員鎌を持っているのは偵察の時に確認できたことだが、このホロンという死神の少女はそれらしきものは持っていないのだが確実に何かで攻撃してきてくる。
目に見えない攻撃とは非常に厄介だ。避けることができず、至る所がボロボロになってしまった。
「さっさと死んでください」
そのホロンの苛立ちの声に応えるかのようにまた風が吹く。
「それはご遠慮しておきます」
咄嗟にナイフで作った穴から別の空間に逃げた。
以前も同じように風の音がなってその後に切り裂いてきたのでそれを予期した行動だ。
まるでかまいたちに似た現象だが、ここは塔の中で扉もしまっていたし窓もなかったので風など入ってくるはずもない。
考えられるのは彼女の鎌が風を起こしたという可能性。
「さてと、ここにいても仕方ないですし仕掛けるしますか」
だがそうとは限らない。思いがけない方法で攻撃しているという可能性も捨てきれない。
なので全ての可能性を考慮して鎌の正体を調べるべく、打って出ることにした。
「ほいさ!」
ガラ空きで小さな背中に開けた穴から飛びたしてナイフで切りかかったが、それが届くことはなく何かに拒まれたかのように止まったがそこには何もない。
「後ろから奇襲なんて、卑怯な方ですね。でもそんな方法では私は殺せませんよ」
殺気を感じて咄嗟に地面を蹴って後ろに飛んで距離をとったが反撃がくる様子はなく、彼女はただ微笑んでいた。
「随分、余裕なんですね〜。そんなに僕を甘く見ていていいんですか?これでも超能力ですよ」
「あなたを甘く見ているわけではありません。私はただ自分の鎌の力を信じているんです。鎌と死神は一心同体。つまり信じることで強くなります。その証拠にまだ私の体に傷一つつけられてないですよね」
いくら体全体を見渡しても白い肌や服、髪は最初に会った時と全く変わっていない。
「それは君が美しいからできるだけ傷つけずに倒すことを僕は考えているんだよ」
ウィンクして彼女の動揺を伺うが、眉一つ動かないので言葉に惑わされるほど甘くないようだ。
「ナルシストですかあなたは。いろんな属性を持ってて羨ましいくらいですよ」
「そうですか?なら一つ差し上げてもいいですよ。どれでも好きなものをあげます」
「いりませんよ。どうせろくなものがありませんから」
羨ましいといったのは他の死神にもの静かで面白くないと言われたことを思い出したからだ。だけど性格は変えられるものではない。結局、そのまま誰とも仲良くなれず信じられるのは鎌だけ。自分を信じるのもこの方法でしかできなくなってきてしまった。
代わりに強さを手に入れてこの塔を任せるほどになったがここは死玉が沢山あるだけで静かすぎる。
欲しかったのは温もりも賑やかさだったはずなのに一体自分は何をきてきたんだろうと思い直す。
「そう?遠慮しなくてもいいのにな〜」
悲しい顔をしているというのに、それに気づかないマイペースで笑みを絶やさない男と自分をつまらないと蔑んだ死神たちが重複したように感じて腹の底から怒りが湧き上がって爆発した。
「遠慮なんてしていません!」
温厚であったホロンらしからぬ大声に驚きつつも得体の知れない何かが近づいて来ているのを感じ取って、再びいつもの黒い空間の中へ身を隠した。
穴はすぐに消えてキリヤを別空間へと送ったが、数秒後にはそこの床は鋭い刃物に切り裂かれた跡がくっきりとついた。
「やっぱり鎌はホロンちゃんの感情の変化があった後に動いているね〜。一心同体っていうのも頷ける。でも、原理がさっぱりだな〜。一体どうやって動いてるんだろう?」
ここが冥府でなければ超能力ナノマシンで動かしているという安易な結論で終わって、ここまで深く考えたりはしないけれど相手は未知の存在、死神。
分からないことだらけで今までの知識があまり役に立たない。
「だけど、どんな相手でも落とすには攻略法が必ずあるってことは知ってるよ」
次は確実に相手を倒すための弱点探し。
楽しくなりそうだと口の端を吊り上げて不敵に笑うがそれを見たものは誰いない。
「や〜、や〜ホロンちゃん。僕の声が聞こえるかな〜?」
革靴の音がしていない空間から穴を開けて話しかけているのだと気づいたホロンは周囲に気を配りながら答えることにした。
「聞こえていますよ。どうしたんですか?さっきみたいに攻撃してこないんですか?」
「それだと僕が卑怯者みたいじゃないか。僕は正々堂々と戦って勝ってこそ意味があると考えているんだからそんなことするわけないでしょ〜」
「何もみ消そうしてるんですか。不意打ちとか不意打ちとかしましたよね。あなたに正々堂々なんて言葉は似合わないんで使わない方がいいですよ。正々堂々な人に失礼ですし、なんか気持ち悪くなってきます」
「これはこれはなんとも手厳しい。どうしたんですかそんなに怒っちゃって、あなたらしくありませんよ〜。あ、でもそんなホロンちゃん可愛いからオッケーです」
「何がオッケーなんですか。私的には不快でたまりませんよ」
「あら?もしかしてこれは振られちゃったパターンですか?いや〜残念だな〜実に残念だな〜」
タイミングを伺っているのか、変なことばかり喋ってくるのだが彼が何処で喋っているのかが掴めない。
空間の中にいるということは確かなのだけれども声が四方八方かは降り注いでくる感じで定まった方向がない。
「おやおや、だいぶ困惑してきたようですね〜。なら少し教えあげますよ。実はね、僕は複数の穴を開けて回っていたんですよ。それも僕が持っているナイフがなんとか通るぐらいの穴をね。そして今からナイフを投げたいと思いま〜す」
穴は全部で二十一箇所。数からして性格の悪さが伝わってくる。
それに目が見えればナイフの刃の輝きで場所が分かるかもしれないがホロンにはそれができない。
「じゃあいきますよ〜。一、二の三!」
宣言通りに穴からナイフが飛びたして一直線に飛んでいく。
「無駄ですよ」
何かを切り裂くような音が鳴り始めると、ナイフはそれに弾かれて地に落ちた。
「学習能力が足りませんね。私の鎌の力も知らないで攻撃するからですよ。次は私の番です」
的確にナイフが飛んできた方へあるものを飛ばした。風を切り裂いてそれは突っ込んで行くが穴は既に塞がれていたし、もし空いていたとしてもあの小さな穴には入ることはなかった。
当たらなくてもよかった。ただの牽制に過ぎないので当たったらラッキー程度で投げたものだ。
あの男ならば、これで終わるとは思えないからこんな行動にとったし、今もまだ完璧と言える防御陣を保ったままにして気を抜かないようにしてたのだ。
しかし、その感覚は突如として現れた。耳に違和感、それに何かが溢れ出ているようだ。
何事かと目の色を変えて触れて確かめみると、死神ならば必ず一度は感じたことがあるであろうそれは本人には見えないが赤い液体。
「それが君の弱点だ。目の見えないホロンちゃんにとって敵の位置を知るのが困難。だからこそ聴覚を極めて、音で位置を確認していたんだろ。今までの感じからして気がついたよ」
革靴の音やキリヤの声を頼りにして動いたのが何よりの証拠。それを見逃したりはしない。
「鎌が見えなくても関係ない。僕にとっては君の鼓膜を破りさえすればいいんだから、馬鹿正直にそれが何なのかを見極め必要がないんだよ。でも鼓膜はしばらく安静にしていたら治るだろうから安心して」
鼓膜を破るために使ったのは隠し持っていたもう一本のナイフ。それでホロンの鼓膜前の空間を開けて先っちょで切りつけてさらにそこからもう片方の鼓膜までの空間を繋いで切りつけたのだ。
しかし彼女は何も反応がない。
「あ、そっか。目も耳も使えないんじゃあ、何も分からないか。じゃあ僕はこの塔を調べさせてもらうよ。心残りは君の鎌がどんなのだったかが見たかったかな〜」
血が付着したナイフを綺麗にしてからその場を立ち去ろうとすると、閉ざされていた口が何の前触れもなく突然開いた。
「なに言ってるか?まだここに居るのか分かりませんが、居るのなら私の鎌の正体を教えてあげますよ変な人さん」
負けを認めたように清々しい笑みを浮かべている。
「お願いするよ先生」
もはや聞こえてはいないだろうが、皮肉に言うとそれを聞き取ったかのように再び口を開いた。
「私の鎌の名前はゴーストサイズ。能力はその名前の通りで見えないことです。透明の鎌という表現が正しいのでしょうか?とりあえず私はそれを複数扱って戦っていたんです。でも死神の鎌は本人に似ると言いますが私ってそんな幽霊みたいなんでしょうか?」
苦笑いするその顔を見つめながら、まるで普通の少女のようだと思ってニヤついた。
「そんなことはないですよ。あなたは死神であって幽霊ではない。だって幽霊は笑ったりしませんからね」
何も消えてはいないだろう。だがそれだけは言いたかった。
彼女に自信を持って欲しかったから、彼女の笑っている顔が見たかったから。
「今度会ったらお詫びとして何か奢らせてください」
背中を見せて去るキリヤの方向を見つめながら、彼女はこみ上げてくる感情に戸惑いながらも笑ってみせた。