冥府
「じゃあおさらいをするけど、死玉が保管されている第一の塔には僕、第二の塔にはダンくんとハヤノちゃん、第三の塔はプラインくん、第四の塔はバンくんでアズラーイールがある魂の神殿で敵を引きつけるのはガレッドちゃんとリカちゃん、それにラカサちゃんってことだね」
既に準備が整った八人は赤黒い門をくぐって、冥府行きの空間の狭間の中を歩いて作戦の確認を行っていた。
「そうだ。敵を引きつけるには逃げが得意な奴がいいからテレポートができるガレッドと補助のためにルカとラカサをつけることにした。こらならお前が言う万が一の時でも対応できるんじゃないか?」
作戦を立てるのが苦手なダンはこの腹黒そうで賢い彼を見習って先ほどの人選をしてみた。
「流石ダンくんだね。すぐに吸収してぐんぐん育って行くよ。これだと僕なんてあっという間に追い抜かれちゃうな〜」
といいつつもその顔には一切の焦りがないことが見て取れる。
「冗談はよせ。それよりまだ歩くのか?もう一時間くらいは経った気がするだが、お前の超能力でさっさと移動してくれよ」
「無茶言わないでくださいよ〜。僕の超能力は空間移動であって瞬間移動じゃないんだから。それにここは既に空間の狭間。もう僕の超能力の中にいるのと同じなんですから」
「つまりここじゃあ使えないと?」
「そういうことだね。だけど冥府に着けば使えるよくになるよ。君たちが入ったあの空間はこことは反対側にある空間だから、あっちにもこことは反対側に別の空間があるんだよ。これは偵察の時に確認済みだから安心してくださいよ〜」
どうやら戦力外にはならなそうだ。
「それと考えたんだが死玉は一旦持ち帰りたいんだ」
ダンの意外な宣言にキリヤは眉をひそめたが
「ほぉ、また面白いことを考えたね〜。どうしてそんなことを言い出すんだい?僕もアズラーイールの書は見てないからいつ死ぬかも分からないだから死玉は早めに処分しておきたいんだけど」
「なら俺たちの死玉はその場で壊して他の死玉を盗ってくればいい。それなら問題はないだろ」
「確かにそれなら僕たちの死は免れるけど、死神がそれを許してくれるかな?」
意地悪そうにニヤリと笑ってダンを困らせようとするが顔は真剣な形を保ったまま変わる様子はない。
「そんなの関係ない。許させれなくても俺がそいつら蹴散らしてぶん取ってやる」
「らしいね〜。まあ、止めはしないから勝手にやっといてくれいいよ。作戦に支障をきたすわけじゃないし」
なぜか楽しそうに呟いて動かし続けていた足を突然止めた。
「さて、普通の人だと分からないんだけどもうすぐ冥府に着くよ」
空間を操る超能力を持っているキリヤは大体の距離が分かるらしい。
「気を引き締めてかからないと痛い目見るから肝に命じておきなよ」
順番にダン、バン、プライン、ガレッドたた、そして最後にキリヤが冥府に入って行った。
「ふう、大丈夫ですかね〜?」
唯一、冥府に来たことのあるキリヤは他の七人を案内してから自分の持ち場である第一の塔に辿り着いた。
「それにしてもやっぱり大きいな〜。まあ、数の多い死玉を保管するためにはこれぐらいの大きさがないとね〜」
目の前にそびえ立つ巨大な塔を見上げて感嘆するが、そんな暇は彼にはない。
「さ〜て、期待せずに探すとしますか」
ダンは目当ての死玉が何処にあるのか、彼なら知っているのではと口走っていたがそんなもの知っているわけがない。
だからこそ魂の神殿に敵を引きよせて時間をなるべき稼いでおきたいのだ。
「さてさてどう探したもんですかね〜」
時間を無駄にしたくないキリヤは足早に塔の中に入って死玉の多さに驚いた。ここからたった一つの2046番を探すのは骨が折れそうだとため息がこぼれた。
「何をしてるんですか?」
手を腰に添えて何か案はないかと悩んでいると、突然後ろから女性の声がした。
「オヤオヤ、これは綺麗な死神さんで」
一目で死神と分かったのはここが冥府だからであって、見たことがない娘であった。
「何をしているですかと聞いたんです」
「いや〜、本当のことを言ったまでなのにな〜」
キリヤの言うとおり、彼女はとても可愛らしい。
透き通った白い肌に滑らかな銀髪。それに肌と同じ色の服を着ていて清潔感が漂っている。
それに目を惹かれるのは彼女の目。ずっと閉じられていて開く気配がまるでない。
「死神……じゃないですよね。あなたみたいな変な人がいたら噂になっているでしょうし」
「変な人とは傷つくな〜。これでもガラスのハートなんだから優しくしてくれないかな〜」
「侵入者に優しくする義理はありません。どうやってここまで来たのか知らないけれど、倒させてもらいます」
細い体で突き刺すような殺気を放出し始めるが、まだ目を開ける様子はない。
「うひゃ〜、怖い怖い。でも君の目はどうや
開けられないみないだね。わざと目をの閉じる必要もないし、それならわざわざ戦う理由もないよ。逃げ回りながら勝手に目当てのものを探してます〜」
そこでナイフで空間を切って、その中に潜んだ。
ここならば気配も消せるから彼女が追ってくるということはない。ただこまめに空間を行き来してこの塔の中を調べ尽くせばいい。
「上から探すとしますか」
下にはさっきの盲目な少女がいる。その彼女から一番離れた塔の最上階から探すのが懸命だ。それにそこから冥府を見渡してみたいというのもあった。
まだよくわからないこの世界もそれで少しだけは理解できるかもしれない。
無造作に両手をポケットに突っ込んで自分で作った闇の中を歩き始める。
いうもこの中は革靴の音だけが響く。しかし今はそれ以外の音が鳴り響いてキリヤの元へと迫ってくる。
「おや?なんでしょうかね〜」
腰を落としながら音のなる方を向いて目を細めてその正体を突き止めようとするが黒だけが広がっていて、それ以外は何もない。
「気のせい……ですかね」
姿勢を戻して再び塔の上へと行こうとしたが音はまだ近づいてくる。鋭い刃物がクルクルと回転していふような音が。
「気のせいじゃない?」
ただの空耳ではなく、ちゃんとこの空間で不気味な音がしている。
今度は全体を見渡して確認するがやはり何もない。いつもと変わらない風景だ。
「ぬぅ!」
そして時は来た。音の発信源がキリヤの体と接触して自慢のスーツと肉を切り裂いた。
「こ、これは……?」
まるで他人事のように呟いて血が流れ出す傷口に触れて指先についたそれを舌の先を舐めた。
「なるほどこれが血の味ですか。プラインくんが病みつきになるのも頷けるね〜。それにしてもこの攻撃。原理はわからないけど、あの娘がしたとみていいだろうね〜」
目が見えない敵が目に見えない攻撃をしてくる。攻撃が見えなければ安易に動くことはできず、反撃が難しくなる。
「だけど僕を甘く見過ぎなんじゃないかな〜」
まだ攻撃してきた何かがいる空間から出るために豆腐を切るように目の前をナイフを縦に振った。
「あ、出てきた」
目が見えないので革靴が床に着地した音で消えたキリヤが戻ってきたのを確認した。
「や〜、また合ったね。調子はどうだい?」
「数分しか経ってないじゃないですか。ほんとに変は人ですね」
距離はすぐに出た為か、数メートルしか開いていない。
「そんな変な人の一張羅をこんな風にした君は何なんだろうね」
カッターシャツまでも切り裂かれて白かった布が赤色に染まってしまったのを目が見えないのにスーツを片手でつまんで見せびらかす。
「死神ですよ。それぐらい知ってますよね?」
「イヤイヤ、そういう意味じゃなくて君の名前を聞いてるんだよ。僕の体に傷をつけた女性なんて初めてだからね」
「え!な、名前ですか?」
「そう。いいだろ名前ぐらい減るもんじゃないんだしさ」
悩んでいるのか少し俯いた後に顔を上げて目をキリヤに向けた。
「ホロンです。でも、やっぱり変な人ですね。これから戦う敵の名前なんて聞いてどうするつもりです?勝った後に誰かに自慢するんですか」
初めて冗談を言う彼女を見て、死神もあまり人間と変わらないかもしれないとふと笑みがこぼれた。
「それもいいね〜。だけど僕はただ単に君のことを知りたかっただけだよ。死神という存在にも興味があるしね〜」
見つめるのは彼女の容姿ではなく、その周り。そこからは微かだが殺気とは別の何かを感じられる。
「なんですか?もしかしてその傷を負わせたあれを探しているんですか?」
まるで目が見えているみたいなことを言うが、瞼は閉じられたまま。
他の何かで見透かしているようだ。
「いや、もうそれは別の空間に閉じ込めたから使えないだろ」
今さっき、腹部に傷をつけた音の正体は瞬時に空間の穴を閉じて出られないようにした。
出る方法はキリヤが再び超能力を使ってそれが通れるほどの穴を開けるしかないが、本人にそんなことをするつもりはない。
「先入観ですね」
「何のことだい?君が死神なのに鎌を持ってないことを僕が不満に思ってるのがばれちゃったのかな〜。確かにそういうのは期待していたけど、まず神なんて信じてないから別にいいんだよ。さっきの攻撃も超能力を使ったんだろホロンちゃん」
そうだとしか思えない。あの異様な攻撃は超能力のそれに近かった。
「ちゃん付けしないでください変な人。それに私たちはあなた達みたいに超能力なんて使いませんよ。死神のことはあまり知らないんですね」
呆れたように息を吐き出すと、急に不気味な笑みに表情を変えると風が起きた。
風は音を立てて、スーツをさらに細かく切り刻んで、同時に肉の表面を切り抜けてさらに血が吹き出した。
「ですから私がこれから教えてあげます。授業料の代わりにあなたの命をもらいますけどね」
殺気を纏う彼女は鎌を持っていなくとも死神の呼べるものであった。