政府の長
「や、やっとついた」
また蜂軍団が迫ってくるのではないかとこともあり、急ぎ足できた三人は目の前に建っているビルを見上げながら息を整えた。
「こ、ここに大統領さんがいるんですか?」
「そうだ。このビルは政府がこの国をより良くするために建てられたもんだ。だがそれは表向きの理由で実際は超能力者を管理するためのビルだ。俺たちも外からは見たことは初めてだが何回か来たことがある」
思い出す嫌な記憶。どれも頭が痛くなるようなもので顔が自然と怖くなっていく。
「そうだな。だが目的の大統領がこのビルのどこにいるか分からないんじゃ探すのに手間取るぞこの広さになると」
六十階だてで地下もあるこのビルは四人で探そうにも広すぎる。それに分かれて行動すると大幅な戦力ダウンとなって大統領には勝てない。
「その心配はいりませんよ〜」
緊張感が漂う中、背後から聞き覚えがあり気が抜けてしまいそうな声がした。
「お前はショッピングモールの時の……」
黒いスーツだらしなく着こなしながら顔だけにやけているのはリカを追っていた政府のものだ。
普通の兵士のような姿ではないから超能力者であることは間違いない。
それに彼の雰囲気は不思議で様々な気が入り混じってできているようなもので、その笑顔に裏側には何かが隠せれているのは察しがつく。
「なんだ、お前は何が目的だ」
「お〜、怖い怖い。そんな目で見つめないでくださいよ〜。ただお客人を案内しようと迎えに来ただけですよ」
「案内?大統領のところまでか」
「そうです。大統領があなたとは正々堂々と戦いたいと仰っているんですよ」
「それは光栄だな。だけどどうせお前たちの罠なんだろ。見え透いた嘘はやめろ」
「嘘だなんて。私ってそんな信用ないように見えますかね〜。ですがそうですね〜。これだけでは納得していただけないでしょうね。なら大統領のところまで送る道で説明しますよ」
スーツに隠されていたナイフを取り出して突然、何もないところを上から下へケーキを切るように優しく滑らせて黒い穴を出現させた。
「そこから行くってのか。そんなお前の超能力で作り出されたところにノコノコとついてはいけねーよ」
「そうですか。では僕たちは大統領の死を望んでいます、と言ったらついて来てくれますか?」
いつもは冗談みたいに目を細めて笑うこの男もこの時だけは目を見開いて真剣な眼差しでダン見つめた。
「で、さっきの話を詳しく聞かせてくれるか」
結局、キリヤの言葉に引き寄せられて暗闇の中にダン一人で入ってしまった。他の三人は外で待機だ。
「もちろんだよ〜。そのために誰にも聞かれないここに君を入れたんじゃないか」
「でも、ここは何処だよ。真っ暗でなにも見えねーだろ」
いくら周りを見渡して黒一色。下も真っ暗で地面がどうかの区別がつかず、足元がふわふわしてブラックホールの中に迷い込んでしまったのではないかと不安になってくる。
「これは僕の超能力ブラックスペース。元の空間と繋がっている別の空間の入り口や出口を作れるんだ。広さは元の世界の広さと同じだから迷ったら一巻の終わりだね」
気楽に言ってくれるがそれはここでキリヤがいなくなったらそれがダンの末路となるという事だ。
ここでは数年も保たないだろう。
「そ、そうか。ならここに大統領を放り込めばお前の願いが叶うじゃねーか。俺は必要ないんじゃないのか?」
「イヤイヤ、どうやら大統領を甘く見ているようだけれどもそれは良くないよ〜。彼は恐ろしい超能力を持っているんだからね〜」
「お前は大統領の超能力の正体を知っているのか?」
「いや、流石にそこまでは分からないけどちゃんと勝算はあるから僕を信じてくださいよ〜」
そうは言うがこんな軽い男に自分のこの後を託すことなど出来るはずもないし、何かと信じるに値しない。
「分かった。じゃあ俺はどうしたらいいんだ」
話が本題に入るとまたキリヤはいつも通りに目を細めてニヤニヤし出した。
「いや〜、ダンくんには大統領と本気で戦ってくれればいいよ。そのまま勝てたら結果オーライだし、もし負けたら僕が回収して助けてあげる」
「頼むぞ。だがお前のこの超能力で大統領を倒せるのか」
一見ガレッドのテレポートのような移動用な超能力で、攻撃手段などないように見える。
「ああ、そういえばまだ言ってなかったね。大統領に止めを刺すのは僕じゃないよ。僕の相棒、プラインくんが殺ってくれる予定だよ。今は食事中だから君とは会えないけどね」
「食事中?また呑気なもんだな」
「彼の超能力に必要なんだよ許してやって」
ふと、足を止めて革靴の跫が黒い空間に鳴り響く。
「ここですね」
何処も景色が同じようだが本人は確実に分かるらしく、ここまでの案内に迷いはなかった。
「準備はいいですか?」
この空間を作り出すための専用武器であるナイフを見せながら真剣な顔に戻った。
「ああ、始めてくれ」
切られた空間はそこから対象的な色の光を放ち、ダンはその中へと突っ込んで行った。
光を抜けるとだんだんそれに慣れてきて、数秒で普通に見えるようになった。
「やぁ、こうして顔を合わせるのは初めてだねダン=ストライクくん。噂は聞いているよ。何人もの超能力者を葬ってきたんだろ。流石、超能力者を殺すために作られた超能力者だよ」
「お世辞はいい。お前が大統領か?」
「そう。僕が第四十九代目の大統領、サカマ=ソーマタカス。一度くらい聞いたことがあるんじゃないかな」
一度だけではない。数え切れないほど聞いてきた。
クラトスを通じて聞いたこともあるが、圧倒的に多いのはテレビだ。彼は大統領としても人間としても優秀なので取り上げられることが多く、名前だけでなく青少年のようなその顔も有名だ。
「聞いたことはある。だからどうした?有名人だからって俺は殺すのを躊躇したりしないぞ」
やっとここまで来たのだ。引く訳にはいかないが大統領は突拍子もないことを口にした。
「僕は超能力者が安全に暮らせるような国を作りたいと思っている」
「は?今更何を言ってる。お前たち政府は俺たちに好き放題してくれてたじゃねーか!それは絶対に忘れられないぞ」
このビルを見た時だってそうだ。忘れたくても何かがきっかけですぐに思い出してしまうほどその記憶が体に染み込んでしまっている。
もはやそんなものではこの汚れは落ちない。
「それは承知の上です。僕は後天的に超能力者となったのであなた方の苦しみを本当の意味で理解することは出来ません。ですが未来のことなら変えられるかもしれません。僕はこの世界を変えたんです。まずはこの国で一番苦しんでいる超能力者たちの保護をしています。それから一般の方とも馴染めるように超能力のことを公開していきたいと思っています」
徐々に言葉に熱が帯び始めてきて彼に吸い込まれてしまいそうになる。だがそれはいけないも感じたダンは戸惑いつつそれを止めようと声を荒げた。
「ちょ、ちょっと待て」
だが彼の言葉は蛇口をひねった水のようにとどまることを知らなかった。
「その後はあの壁の向こう側の人たちと交流を始めます。最初は無視されるかもしれませんが諦めません。あの壁を無くして世界を一つにしたいんです。そのためにはダン=ストライクさんの協力が必要なんだ。君は超能力者の代表として僕の組織に入って欲しいんだ」
必死な彼の表情からそれが嘘なのかどうか見破れない。
いつもは大体分かるのにどうやら混乱してしまっているようだ。
「確かに一歩を踏み出すことは怖いけど、それは最初だけ。一歩さえ踏み出せばそこから歩き、走りだして最後には僕たちの望む結果が訪れます」
なぜか彼の言葉は胸の内を的確にえぐってくる。
自分が望んでいる世界がそれだからだろうか、それともこれも彼の超能力なのだろうか。
そんなことを考えているとあることを思い出した。
「そ、外のゾンビはお前が作ったものじゃないのか?」
問いとは違う答えが返ってきて少し驚いた顔を見せたがそれ以上は変わらなかった。
「確かにそうだね。だけどあれは全て死刑が確定していた犯罪者たちだよ。僕が君たちを呼び出すために使ったんだ。どうせ死ぬんなら役に立った方がいいからね」
そこで迷っていたが彼の無慈悲と思われる言葉によって決断ができた。
「そうか。ならお前は俺が殺す」
「な!話を聞いていたのか?僕はこの世界をより良くしようとしてるんだ。それに僕が死んだら誰が大統領をやるっていうだ」
「そこまでは考えてないけど口だけ達者な奴より何か企んでるけど憎めない奴の方が俺は信用したい」
ダンの思いがけない否定に歯ぎしりを立てて怒りをあらわにする。
「死ね、サカマ=ソーマタカス!」
いつも通りに触れ慣れた拳銃の引き金を引いた。
そしていつも通りに発射された弾はいつも通りにまっすぐ進んで目の色を変えた男の脳天目掛けて飛んで行くが突如として黄色の壁が現れた。
壁には硬さはなく易易と通ったが次の瞬間、弾はサカマによって掴まれて止まってしまった。
「これが僕と君の差だ」
掴んだそれを床に捨てて虚しい音を鳴らしたが、ダンには何が起きたのか理解できなかった。
なので今度は三発連続でしてみるが、結果は同じで血の一滴も流させることができない。
「君には少し期待してたんだけど、これで終わりにしよう。もうこの世界は僕一人で変えていくよ」
周りに黄色い点の集団が纏わり付いて彼の顔さえ見えなくなった。
今頃になってバンドが言ってた事を思い出したがもう遅い。
電流のように伝わってくる恐怖心と威圧感に震えて立っているのがやっとの状態となってしまい、黄色いの塊が迫ってくるのに一歩も動けないでいると誰かに背中を引っ張られて気がついたら目の前が真っ暗になっていた。
「お疲れ様〜。これからは任せてくれちゃっていいよ〜」
「あれが親玉?かなり美味しそうだね」
ナイフを回して弄ぶ者、舌で唇を舐めて食欲を見せる者。
軽い口調の二人だがなぜか今はとても頼もしく見えた。