帰りませう
「ど、どうして、駄目なの……?」
夏村に抱き着かれ、どきどきがとまらない椎菜が、相手の気に障らないように優しく聞く。
内心は真っ黒だが。
「夏村サン、ハ、ワタシトイッショニ、ニクマン、タベマス!」
「なっちゃんは僕らと一緒に帰るのさ」
言いながら夏村に引っ付く。
もちろん、椎菜に抱き着いていた夏村は彼女から引っぺがされる。
――な、夏村ちゃんが、私以外の人に、人形のように扱われてる! しかも、まんざらでもなさそうな顔して……! 夏村ちゃんは私のものなのに! そうだ、消費期限を話題にしたらいいのよ。
食べ物、特に豪華な食べ物に分類されるものにおいて消費期限というのは特別である。
せっかくの豪華な食べ物が、消費期限を過ぎてしまうことによって食べられなくなってしまうのだ。
夏村もそんな消費期限に振り回されたことのある一人だ。
小さい頃に、消費期限をすぎてしまった食べ物を残さず平らげたところ、お腹を壊してしまったことがある。
「でも、夏村ちゃん……今日食べなきゃ、消費期限が……」
「消費、期限……」
――うふふ、夏村ちゃんが反応した。あぁ、困ってる困ってる。困ってる夏村ちゃんって可愛いわ。……よし、このへんで一回引き下がるわ。
「夏村ちゃん、やっぱり、迷惑だった、よね? 急に私の家に来て、なんて言って……ごめんね」
「よし決めた、今日行くよ!」
「「?!」」
椎菜は、夏村が一旦引き下がるのに弱いということを知っていた。
昔から付けていた夏村ちゃんノートに、どうしたら効果的にお願いを聞き入れてもらえるか、どうしたら夏村が怒るか、などなど、たくさん記載してあるのだ。
椎菜は夏村ちゃんノートに何度も助けられている。
「ほ、本当に?! え、えへへ、嬉しいなぁ……」
「みなさん帰りの会を始めますよ席に着いてくださいじゃないと帰れませんよ」
得意の早口で加賀美先生に注意される。
☆★☆★☆
帰りの会中、夏村はテンションが上がっていた。
大好物である、椎菜の家のロールケーキが食べられるのだ。
甘すぎない生クリーム、ふわふわの生地、綺麗なデコレーション。
完璧なロールケーキだ。
「みなさん起立してください挨拶をしますよほらほらせーのでさようなら」
「「さようならー」」
「さ、さようなら」
夏村がロールケーキのことを考えている間に、挨拶が終わっていた。
机の横にかけていた鞄を取り、帰りの支度をする。
筆箱やルーズリーフを鞄に入れていると、帰りの支度を終えた椎菜がやってきた。
「夏村ちゃん、帰りの支度、終わった?」
急いで鞄の蓋を閉め、支度を終わらせる。
「終わったよ。椎菜は早いね」
「だ、だって、早く夏村ちゃんと帰りたかったんだもん……」
「じゃあ帰ろっか。早くロールケーキ食べたいし!」
「う、うん!」
教室を出て廊下を少し歩き右に曲がると、左側に階段がある。
その階段を下り、昇降口に行って中履きと外履きを交換していると、あん子と莉子が走ってきた。
「ナ、ナナ、夏村サン! カエリマ、ショウ!」
「ぼ、僕と帰ろうか! 急いで、ほら!」
「うわあ?!」
両腕を思い切り引っ張られ、バランスを崩し倒れ込む。
コンクリートに倒れ込んでしまったため、かなり痛い。
音を聞いて驚いた椎菜が血相を変えて駆け付ける。
「な、夏村ちゃん?! どうしたの?! 大丈夫?」
「ち、ちょっと引っ張られてさ……大丈夫だよ」
「あ、あん子さん、莉子さん、危ないことは、やめてください……夏村ちゃんが、怪我でもしたら、私、悲しいです……」
少し垂れ気味だが大きな瞳を、涙で揺らしながら言う。
「泣かないで椎菜?」
「うぐ、ごめんね夏村ちゃん……心配だったの……」
「そっか、よしよし」
ぽんぽんと椎菜の頭を撫でる。
「あん子さん、莉子さん、早く離れてください。夏村ちゃんが困ってます」
「ごめんごめん、なっちゃん大丈夫?」
「うん、平気」
「夏村サン、イタイ、デシタカ?」
「あー、大丈夫」
制服に付いてしまった土を振り払い、立ち上がる。
すると、鞄に付けていた椎菜からもらったひよこの形をしたストラップが壊れていることに気付いた。
「壊れてる……。ごめん椎菜……」
「気にしなくていいよ、夏村ちゃん。夏村ちゃんは、悪くないんだから。きっと、老朽化、してたんだよ。それに、また作るよ?」
「夏村サン、ワルクナイ!」
「作りが甘かったんじゃないかな? 僕が作ってたら、壊れることなんてなかったね」
「莉子ちゃんは黙ってて。ありがとう椎菜。じゃあ、椎菜の家に行こっか」
「うん!」
夏村と椎菜は昇降口を後にした。
☆★☆★☆
「なっちゃん、怒ってるかなあ?」
「ドウデショウ」
「このあと、どうしよっか」
「トリアエズ、カエリマス」
「だね〜」
莉子とあん子も昇降口を後にした。