お届けもの
中学二年生になる前日の夕方。
明日から新しいクラスでの活動が待っている三好夏村[みよし なつむら]は、布団の中で小さくうずくまっていた。
理由は、インターホンが鳴っているからだ。
だが、決してでようとしない。
インターホンはどうも苦手なのだ。
無視をしていると、今度はインターホンが連続して鳴り出した。
「あぁ、もうなんなんだよ?! うるせぇんだよ!」
口元に毛布を当て、思い切り叫んでから布団を抜ける。
その辺に転がっていたパーカーを羽織り、インターホンに駆け寄る。
そして深呼吸。
「はい、どちらさまですか?」
先程とは打って変わり、明らかに営業用であろう声で外にいる人物に対応する。
「めざし急便なのですよ。お届けものをわざわざ届けにきてやったので、はんこを持ってきやがれなのです。さっさと来いなのですよ」
随分と高い声である。
「少々お待ちください」
――偉そうな配達員だな。
ぐちゃぐちゃのテーブルの上にあったはんこを引っつかみ、サンダルをつっかけて外にでる。
ぼろアパートのドアは、開けるたびにキィーと音がなる。
その音に負けずにドアを開けると、自分の腰ほどしかない女の子が立っていた。
その女の子の隣には、『めざし』と下手くそな字が書かれた、大きなダンボールが置かれていた。
「届けに来てやったのですよ」
「なにを?」
「受け取りやがれです。拒否権無しなのですよ」
「えっと……? なにかの悪戯?」
「は?! 悪戯なわけないのです! ふざけんじゃねーですよ! お届けものったらお届けものなのです! さっさとはんこ押しやがれです!!」
腕をぶんぶんと振り回し、勝手に取り乱している。
――にしても生意気だな。
「あ、うん、わかった。押してあげるね」
はんこの蓋をきゅぽっと開ける。すると、
「上から目線とか、ふざけんなです。年上には敬語を使うのですよ」
と指を立てて偉そうに言ってきた。
「あのね、私中学生なの。あなたの年齢はまだ一桁でしょ? 敬語を使うのはそっちなのよ」
そしてはんこを押す。
「はあー……。これだから年齢を知らない人は困るのです」
「じゃ、あなた何歳?」
はんこの蓋を閉め、ポケットにつっこみながらぶっきらぼうに質問する。
特に答えは求めていないが。
「135歳なのですよ」
――馬鹿馬鹿しい。
「荷物受け取るからさっさと帰りなさい」
軽く流し、ダンボールを持ち上げる。
「重いっ?!」
腰が抜けそうになるも、必死に玄関にしまい、ドアを閉める。
閉まる直前、
「――――」
女の子の口が微妙に動いた気がした。
それは『ありがとう』と動いていたかもしれない。
わけがわからない。
☆★☆★☆
狭いリビングにダンボールを置くと、もうスペースがなくなってしまった。
仕方ないのでテーブルをどかし、早速開けてみる。
テーブルの上に置かれていたものはすべて落下し、床はさらにぐちゃぐちゃになる。
「うわあ?!」
思わず飛びのくと、壁に頭をぶつけた。
それもそのはず、ダンボールの中には、リコーダーと赤いランドセル、そして体育座りの女の子が入っていたのだ。
――見間違い見間違い見間違い!!
蓋を閉め、深呼吸をする。
そしてもう一度中を確認する。
「うわあ?!」
再び飛びのくと、同様に頭をぶつけた。
見間違いではない。
そう判断すると、痛む頭を押さえながら落ち着いて中を覗く。
「い、生きてんの? この女の子……」
ゆっくりと女の子を救出し、口元に耳を当てる。
――息がない!?
気のせいかもしれないので、頬を叩く。
「ねぇ、どうしたの?」
「起きて……、起きてよ……!」
が、返事はない。
――どうしよう。
死体が家にあることが警察に見つかり、殺人犯として逮捕され、死刑にされてしまうのではないか。
被害妄想ばかり膨らんでいく。
すると、女の子のポケットになにかが刺さっているのを発見した。
――ん?
それは、表に『あなたへ』と書かれた封筒だった。
それを開け、中に入っている手紙を読む。
あなたへ。
この女の子が死体だと思ったでしょう?
でも、違うんです。
これはロボット。
今は充電ができていないだけです。
このロボットの充電方法はとても簡単。
あなたがキスをするだけで動きます。
あなたにやってほしいのは、ロボットを人間にすること。
ほっぺぷにぷにで可愛いでしょう?
人間になるために、日々奮闘してください。
お風呂も入るし、ご飯も食べます。
「それでは……って、ふざけんなよ」
先が思いやられる。
捨ててしまおうか。
「って、追伸?」
捨てようと思いましたか?
ふふふ、無駄ですよ。
諦めてください。
「まーじーかー……」
仕方ないので起こしてみる。
「でも……、キスって」
確かにこのロボットは可愛い。
晴れた空の様な、鮮やかな水色の長髪。
真っ白な皮膚。
長い睫毛。
すべてにおいて可愛い。
少し起こして、ロボットの口元に自分の口を近づけていく。
――ロボットのくせに、潤った唇じゃん。
ゆっくりと唇を近づけ、やがて重なる。
頬が熱くなるのが感じられる。
――何分キスすんだろ。
わからないが、とりあえず重ね続ける。
何分たったかさっぱりわからない。
やがてロボットが少し動きだした。
指がピクッと動き、足も少し動く。
――充電完了?
唇を離し、ロボットを見守る。
「ン……。ア、ゴシュジンサマ、オハヨウ、ゴザイマス」
床に寝転がったまま、ロボットがこちらに目を向け言った。
「ご、ご主人だと?!」