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みなと食堂へようこそ  作者: 庭野はな
営業編 第7章.ドラゴンと同胞(仮)
43/44

43.特別コース

「ちっす、今日はうまいもん食わせてもらえるってシャチョーから聞いて来たんだけど」


 店の扉が勢い良く開き、とりつけたベルが軽やかに鳴る。

 私は洗い物の手を止めると、手を拭いて出迎えに向かう。

 真っ黒な肌に映える黄色いTシャツに白い短パン姿、そして下駄をカラコロと鳴らしながら登場したゴンさんは、やや緊張した面持ちで店に踏み入れた。


「ようこそみなと食堂へ、ゴンさん。こちらにどうぞ」


「おう。えっと確か英里ちゃんだっけ。外から見たら高級店っぽくて俺には敷居が高いと思ったけど、入ると落ち着くかんじでいい店だな。その歳でこんな店をやってるなんてすげーな」


「ありがとうございます。色んな人達に支えてもらっているお陰ですよ」


「そういえば、今日はあのおむすび作った暑苦しい奴はおらんの?」


「ああ、彼は時々手伝いに来てくれているんですよ。平日はスタッフもいるんですけど、今日はゴンさんの予約だけですから私だけで充分なので」


 冷たい麦茶のグラスを置くと一気に飲み干され、あわてておかわりを注ぐ。


「今日はお任せで予約いただいてますが、苦手なものとか伺ってなかったので。何かありますか?」


「いんや、なんでも大丈夫。それより、今日米を食わせてもらえるって聞いたんだけど」


「はい。本日はとっておきの島根県産一等米を当店自慢の釜で炊きあげました。お好きなだけ召し上がってくださいね。そして本日の特別コースのお料理はこちらになります」


 出雲の実家から送られてきたと女将さんからお裾分けでもらったお米は、元の世界で食べ慣れた味に一番近い。だからこそ、それを使うことに決めた。

 私は筆で清書したお品書きの紙をゴンさんの前に置く。


——山田権兵衛様 


○中華三昧コース おしながき


 白ご飯

 味噌汁

 香の物


 丘スライムの中華風サラダ

 焼餃子

 回鍋肉

 芙蓉蟹

 鶏の唐揚げ

 酢竜


 季節の果物の寒天寄せ


——


「えっ、これって……」


「当店は、米料理や米に合う料理をお出ししてます。食べ慣れないものもあるかもしれませんが、白ご飯との相性は保証しますので試してみてください。それではご用意しますので少しお待ちくださいね」


 私は物言いたげなゴンさんに何も言わせず、笑顔で一礼すると厨房へと戻った。

 そして再び戻ってきた時、彼は腕を組み難しい顔をしていたが、茶碗に盛った湯気を立て白く輝く山を目の前に置くと一気に頬が緩んだ。

 手製のぬか漬けや梅干しの乗った小皿を置けば、ごきゅりと喉が鳴ったのが聞こえた。


 それから次に料理の乗った盆を手に机へ行くと、既に茶碗は空になってた。


「うめえ、この米、昨日よりもすげー旨く感じる。それに懐かしい味だ」


「喜んでいただけてよかった。まだまだあるのでゆっくり食べてくださいね」


 昨日の食欲を思い出した私は、おひつをゴンさんの傍らに置いて料理を運ぶ度におかわりをよそった。

 春雨がないので、食感が近い丘スライムの千切りと手製の鶏ハムを使った中華サラダはお酢をよく効かせてさっぱりと。

 餃子は、祖母直伝の味噌を隠し味にした餡を少し厚めの皮に包み、鉄鍋でバリッと焼き上げた。

 回鍋肉はキャベツと豚バラ肉の炒め物で、店の人気メニューの肉野菜炒めでも使う自家製豆板醤をたっぷり使ってピリ辛に。

 芙蓉蟹は最近店でも日替わり定食で出して様子見の一品。北陸から北の日本海では家より大きい巨大蟹がよく捕れるらしく、カニ缶は激安食材で是非使いたくて。

 鶏の唐揚げはもちろん既に店では人気で定番の一品。迷ったけれど、中華三昧にするなら個人的に外せなかった。

 そして、回鍋肉で豚肉を使ったので他の肉でと、酢豚ならぬ酢竜。昨晩ふと思いつき、朝試作したらイメージ通りだったので採用。社長さんに貰った竜ののど肉の油煮で作ったそれは、豚ロースで作ったものとよく煮ている。

 脂身部分は下揚げでサクサクの食感で、肉は噛めばほろりと柔らかい。歯ごたえを求める人には少し物足りないかもしれないけれど、甘酢あんと肉の味の相性がいい。

 この世界の文化に合わせて和食か帝国料理風の洋食に、少し元の世界の食文化を取り混ぜるのが、うちの店のスタイル。

 今も和食に中華の要素を取り入れることはあっても、こんな風にザ・中華な料理は作ることがない。

 実は野豚野郎の賄いで何度か作ったことがあったけど、何故か中華料理は大将の受けがあまりよくなく、この世界の人の口に合わないのかと自然と作らなくなっていた。そしてだからこそ、今回このメニューに決めた。


 結局、食事中彼は一切言葉は口にせずひたすら黙々と食べ進め、多めに用意した大皿七皿に乗った料理、そして白飯四合を全て完食した。

 その驚異的な健啖ぶりに舌を巻きながら一口で空になったデザートの皿を下げ、熱い焙じ茶を出す。

 ゴンさんはそれをずずずっと音をたてて啜ると、ひとつ深い溜息をついた。

 そして最初に渡したお品書きをバンと机の上に置いた。


「なんかどう突っ込めばいいか迷ってたら飯が来たから突っ込みそこねてしもうた。英里ちゃんて何モンよ」


「この食堂の店主、ですけど」


「このメニューに料理、おかしいだろ」


「お料理に何か不手際がありましたか」


「いやいや、料理は旨かった。すげー旨いもんで腹いっぱいになって幸せだし。ただ、まさかこんなもんがまた食えるとは思わなかった……からさ」


 ゴンさんが俯きグスリ、と鼻を鳴らした。


「だけど納得いかんのよ」


「なにがですか」


「なんで酢豚が竜なんだよ。なんで豚じゃ駄目だったんだよ」


「そ、そこ?」


「これはこれでもちろん旨かった。でも大事じゃね?酢豚のアイデンティティーってもんがさ」


「昨日社長さんにいただいて、早く使ってみたくてつい……すみません」


「あとスライムってどういうこと?どれがスライムだったんだよ。全然わかんなかった」


「えっと、サラダに春雨の代用で使った半透明の千切りにしたものがあったでしょう?」


「え、あれ野菜じゃないの?」


「野菜ですよ。丘スライムですから」


「いやまて、スライムったらあれだろ、でろんでろんのとか雫っぽい形のとか逃げ足が速いのとか」


「緑の毒持ちのに近いかな?それをぷりっぬるっとさせたかんじの。もちろん毒はないので安心してください。塩もみして脱水してやるとああいう食感になるんです」


「うわーイメージ違い過ぎる。もっと噛みしめながら食えばよかった」


「まだ残ってるので包みましょうか?」


「まじで!英里ちゃんマジ天使! ってそんなことを言いたいんじゃない、話がずれた。俺、こういう料理を食って育ったんだけどさ、もしかして英里ちゃんも同じとこ出身なんじゃね?」


 エプロンの端をぎゅっと握りしめた私は、普段はもちろんしないけれど、無言でストンとゴンさんの向かいに座った。

 そして窓の外に広がる海原に視線を向けたまま答える。


「私はあの沖のあたりで、生まれ育ったんですよ。」


「そっちは、井の頭公園のへんだよな」


私は大きくひとつ頷いた。

お久しぶりです!

長らくお待たしております。

間空きすぎたせいで前話と比べ違和感あるかもです。すみません。

そのあたりは後日修正・調整しますのでご容赦ください。

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