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みなと食堂へようこそ  作者: 庭野はな
開店準備編 第1章:松茸探しから異世界へ
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3.試練の再会

 まさか、あれが「噛み付き茸」ってそのまんまの名前だなんてね。

 私は床にモップをかけながらぼやく。

 その視線の先の黒板には、先程女将さんが書き足したばかりの「稀少!幻の噛み付き茸のソテー」という文字が踊っている。

 それを見て、私はキノコ達に襲われた時の恐怖を思い出し、おでこにじっとりと嫌な汗が浮かんだ。

 藍色の作務衣のような制服の胸元からハンカチをとりだしそれを拭く。


 私は今、三鷹の居酒屋野豚野郎で働いている。

 28席のフロアにカウンターの中の厨房では、大将と女将さん、そして私と先輩の蓮也くんがそれぞれの仕事を黙々とこなしていた。

 モップを片付けると机にあげた椅子を降ろし、今度は机の上を念入りに拭いていく。

 そんなフロアの奥のカウンター横で、ひっくりかえした木箱に座った蓮也くんが黙々と芋を剥いていた。

 時折様子を見に来た大将から五厘刈りの頭に拳固をくらっている。

 時計を見れば2時。そろそろ賄いの支度に取りかかる時間。

 私は動かす手を雑にならない程度に速めた。


 あの日、お山から降りた私は松下さん宅を探して里をうろつき、しまいに座り込んで号泣していた所を不審者として通報され、警護所という交番のような所に連行された。

 色々言い訳を考えるも思いつかず、信じてもらえるか分からないけれどと前置きして山で出会った男の話をすると、「ああ、白川様だね」とあっさり頷かれてしまった。

 一体何者なのかと問えば警護番という職についているという中年の男が笑顔で「神様ですよ」と答えた。


 驚いたことに、この世界には聖域の数だけ神様がいて、民に恩恵を授けてくれるらしい。

 そしてこの日本は特にその聖域の数が多く、やおよろずの、といえば言い過ぎだが、確認されているだけでも500以上は神様がいらっしゃるのだとか。

 白川様に助けて頂けるなんて幸運な人ですねとうっすら髭のそり跡の残る頬を染めていた警護番さんのあの顔を、忘れたいのに脳にこびりついてしまってる。


 とにかく、私の話の真偽を確かめに翌日警護番さんが白川様のお社に訊ねると、あの日は留守にしていたという宮司さんが白川様に話を聞いていると保証してくれ、身元保証人になってくれた。

 お陰で、一生縁があるはずのなかった牢屋の中に2日いただけで出ることが出来た。

 その間に出た文字通り臭い飯は……さすがの食いしん坊の私も涙無しでは食べられなかったよ。


 さて、私を引き取ってくれた宮司の八坂さんは、白川様と夢の中で交信し合う仲らしい。無線仲間かよ!と思わずつっこんでしまったら、無線とは何ですか?と清らかな笑顔で問い返されてしまった。

 八坂さんは松下のおじいさんに雰囲気の似た無骨だけど温かい人で、私に色々とこの世界のことを教えてくれ、「流民保護制度」を利用し私の戸籍をとる手続きをとってくれた。


 日本は日本という名前のままで言葉も文字も日本語そのままだ。ただし歴史や風俗文化や産業の発展などが世界規模で違った。

 イギリスで産業革命は起こらなかったが、魔法革命が起きた。今まで呪符や魔法刻印の類いは魔法使い達によって一つ一つ手仕事で行われていたのが、自動生産の魔法が編み出されて自動化が可能になった。

 そのお陰で各国は魔法力を上げ、世界情勢の変動に拍車をかけた。


 150年前に現在ユーラシア大陸を支配しているユニス帝国、当時はまだ西半分だけだったが、その帝国に海から攻め込まれた。

 古来から独自の魔法文化を持つ日本は果敢に応戦するも圧倒的な数の力押しに負け、帝国の付属国となってしまう。

 だが帝国は統治を日本人に任せ、独立は認めないものの極力日本人の文化や主権を尊重した。

 それは、その後に計画されている大陸東部進行への要とするための懐柔策でもあった。

 そしてそれから60年後、帝国は最後の大攻勢を行う。

 中国とロシアの場所を統治するしんという大国と帝国との戦いに、もちろん日本も巻き込まれた。

 東側からの侵攻の重要拠点が狙われないはずがない。

 鉄と油と火薬の兵器ではなく魔法で、日本は攻撃された。

 蜃が得意とするのは、統率された大集団から放つ大魔法。様々な制約で難易度とリスクが非常に高いそれによって、日本は帝国のもとで戦勝国になったものの、列島の北部や西部の一部を失い、国民の半数をも失ってしまう。

 強大な魔法によって削られ海になったり、生き物の住めなくなった土地もあり、故郷を失った人々は、山民、海民と呼ばれる野山や島々を巡り移動し暮らす生活を選んだ。


 だけど平和になり人々の生活が安定してくると、治安や労働力の問題から、流民を定住化させようという働きかけが行われるようになった。

 そして10年前に国が定めた支援策が、「流民保護制度」だ。

 家を失い彷徨っていた私はこの制度の対象に充分適合すると八坂さんが役所に申請してくれ、半年かけて面接や講習やテストの末に許可をもらうことが出来た。

 もうね、何が大変って、学力テストと講習があったこと。

 読み書きや算数といった元の世界と共通する基礎知識は最初の実力試験ですぐにパスしたけど、日本史や世界史社会史の知識は皆無な為に、半年間里の小中学校で社会の授業を聴講させられるはめになった。

 流民の子どもは学校に行かず、コロニーの大人が教育するので学力にばらつきがあるらしい。その教育の差を少しでも解消するためのものらしいけど、もう一度こんなに座学を受けるとは思わなかったよ。

 

 里の役場の皆さんに拍手をもらう中、里長さんから身分証明書のカードと支援プログラムの説明書一式を手渡された時の嬉しさは、学校の卒業証書授与なんかよりもずっと感慨深く、涙ぐんでしまった。


 そして、これからどうするかと里長さんに問われ、私は考え抜いた答えを口にした。

 今は帰る方法がないなら、せめて家の近くにいたい。


「東京に出て、吉祥寺で料理屋をやりたいんです」




「おい、何さぼってんだよ」


「あっ、いけない」


 つい思い出に浸り過ぎ、カウンターの椅子を拭く手がとまっていた。

 それを、山積みの皮むき芋の横で今度は大根の桂剥きをしていた蓮也くんが苦々しげに注意する。

 ここで働き出して3年になるという蓮也くんは、大将の甥っ子で20歳。大将のような料理人になりたくて修行中らしい。

 筋骨隆々でまるで筋肉の壁、スキンヘッドに無精髭という男らしさの権化のような大将が作り出す繊細華麗な料理に比べ、棒っきれのように細くひょろ高い身体の上に無駄にまつげの長い優男の風貌の蓮也くんが作るのは、豪快な荒海に漂ってるような何か。

 意欲はあるし、味付けのセンスも悪くない。

 だけど仕事の荒さが料理の見た目にも味にも出てしまっている。

 なので今の所ひたすら野菜洗いに皮むきと下積みの仕事ばかりで、修行は足踏み状態だった。

 そんな中入ってきた新入りの私に、最初は脱下積み!と大層喜び、さっそく言いつけられた芋と大根を私に押し付けて大将にボコボコにされてたっけ。

 幼い頃から祖母に仕込まれてきた私は技術面では無事大将のお眼鏡に適った。

 ただし、こちらの食糧事情に関して知識がほとんどないので、結局は蓮也くんと同じ見習いとして下働きの日々だ。

 やっと最後のひとつの椅子を拭いた私は、いそいそと勝手口外の水道で雑巾を洗い掃除道具を片付けた。



 私と蓮也くんが昼前に店に来た時、ちょうど仕入れから戻った大将が厨房の奥から恭しく木箱を持って来た。

 市場へ買い付けに行った時に、市場のおやじさんが大将を隅に呼んで見せていたっけ。

 いったいなんだろうと横から覗くと、木箱の中にはおがくずがいっぱい詰まっていた。


「おう、英里に蓮也。お前、これからいいもん見せてやるからその目よっくひんむいて見とけよ」


「すっげえ!これって幻って言われる茸じゃないっすか。前に店に出たのって確か2年前でしたよね」


 アレがおがくずの中からにょっこり顔を出した時、私は思わず悲鳴をあげて部屋の隅まで逃げてしまった。

 箱の中にいたのは、松茸の姿をしながら傘に口がついて、威嚇するように左右に揺れているアレだった。


「お前、なにやってんだよ」


「蓮也くん、あれ、あれ、危ないですよ!大将、咬まれちゃいますよ!」


 まさかこんな所で再会すると思わず、驚き過ぎて腰を抜かした私の頭上から兄弟子から腰抜け野郎めと嬉しそうな声で怒鳴られた。


「ほれ、生きがいいいいだろ。これだけ太いのは上物だ。この傘がまだ開ききってないのがまた香りがいい。買い付ける時は出来るだけ張りがあって傘がつぼみのようなやつを狙うんだぞ」


「うっす」


 大将の説明に、蓮也くんはまるで応援団のように気合いを入れた返事をする。


「英里、怖がることはないぞ。こいつらはほれ、ここを去勢されてるから、なんもしやしねえよ」


 ひょいとつまみあげられたその軸の根元底に、まるで大根に隠し包丁を入れるように十字の切れ目が入れられている。

 そして、傘の中央の歯列が隠れている部分を大将が太い指でちょいちょいとつつくが噛み付くことなく、キノコは身体をぼんやりと左右に揺らすばかりだ。


「ほれ、口が開かねえだろ」


「本当に、大丈夫なんですか」


「くどいな、処理をしてない噛み付き茸は売っちゃいけないことになってるんだ。ほれ、持って香りを確かめろや」


 そう突き出されたそれから、勝手に腰がひけ身体が逃げてしまう。

 それを見た蓮也がいい弱点を見つけたとばかりに呵々と笑い、大将はまるで熊が威嚇するような苦々しい顔をした。

 そして野太い声で、この厨房の支配者として絶対的命令を下した。


「おい英里、今日の賄いはこれを使って何か作ってみろ」

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