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みなと食堂へようこそ  作者: 庭野はな
開店準備編 第4章:魔女っ子と酒造り
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20.友情の証し

 それは、吉祥寺を訪れて三日後。

 世間の夏休みの影響か、貸し切り宴会の予約続きで仕込みもいつもより楽なお陰で、早々と暇になった私は、ミカゲさんから預かった本の解読に精を出している。

 といっても、ノートに書き写しながら分かる部分に日本語を添えていく。

 ようやく二品目に取りかかった所で、蓮也くんが呼びに来た。


「おい、外に変な子が来てるぜ」


「変な子?」


「ああ、お前の友達とか言ってるぞ。気取った喋り方で変な格好の、なんだあれ」


 まさかと思いながらサンダルをひっかけて店の外へと急ぐと、そこには落ち着かない様子でキョトキョトと左右を見渡している少女が立っていた。

 ショッキングピンクのミニスカートにゴールドのプリントがあしらわれた白いドルマンカットソーという今年ティーンの間で流行のファッションに、黒マントととんがり帽子姿のルリちゃんだ。

 


「英里さん! こんにちは。突然押し掛けて申し訳ありませんの」


「こんにちは、ルリちゃん。えっとよくここが分かったね」


「ルリは魔法使いですもの。友達の居場所はすぐピピピピピーッと分かってしまうのです。それを辿って歩いてきました」


「ピピピ……それでここまで歩いてきたの?」


「そうですわ、方向が頼りなので早い乗り物に乗ると分からなくなるので。家からあまり遠くなくて良かった」


「あまり遠くないって、普通に歩いても三十分はかかったでしょう。来てくれてありがとう、とりあえずここは暑いし入って」


 居場所が分かる? 何故か背筋がぞくりとしたけど、深く考えないことにする。

 とりあえず、ご近所さんがけげんそうにこちらを見ているのもあって、彼女を中へと誘った。

 厨房の冷蔵庫から私達用に作り置いてる麦茶を取り出し、生ビール用のジョッキに入れて冷えたおしぼりと一緒に置く。よく見ればかなり汗だくになってる。炎天下にそんな格好で出歩いてたら当然だろうけど、ルリちゃんを見ているとなんだか心配になってしまう。


「これ、一度にがぶ飲みせずゆっくり飲んでね。その帽子もとったら」


「い、いえ。自宅の外ではこのスタイルを貫くのが魔法使いの誇りなのです」


「学生さんだよね? 学校にも被っていくの」


「今年で中学三年ですわ。このために私服の学校を選びましたし、校則は破っていませんから」


 これは徹底してるのね。

 私は額に汗を光らせながら胸を張るルリちゃんに苦笑しつつ、机の上に開いていたノートや筆記道具を片付け、自分も飲みかけのグラスを口にあてる。

 人のポリシーに口を出す気はないけど、通気性の悪そうな布で出来た真っ黒い帽子は暑苦しいし暑いはず。そしてルリちゃんの顔はぼうっと熱っぽく上気して目が潤み、熱中症になりかけてるんじゃないかと思った。


「そっか、その格好の理由はよく分かったわ。でも魔法使いになるためには身体も大事にしないと、この季節にその帽子は暑くない?黒は熱を集め易いのよ。頭が熱くなるのはよくないから時々は冷やしてあげるほうがいいんじゃないかな」


「そう、なのですか。でもルリは魔女ですから暑くらい耐えてこそ……」


 やっぱり暑いのか。恐らくこの世界の日本人にこの姿は魔法使いというイメージは持たれてないから理解してもらえないだろうに。

 それでも少しでも魔法使いとして認められたい為に、この格好をしているのはなんとなくわかった。


「私はその帽子素敵だと思うよ。すごく魔女らしいし。でも友達の私はもうルリちゃんが魔法使いの弟子だって知ってるんだから、脱いでもそれは変わらないよ。それに……蒸れたままにしてると禿げるよ」


 私の言葉のどれが効いたのかは分からないけど、ものすごくあっさりとルリちゃんは帽子を脱いだ。

 あっけにとられる私に、外の気温より熱い視線が注がれる。


「英里さん、ルリは、今猛烈に感動しています。ルリのことをそんなに考えてくれたお友達は初めてですの」


「そ、そう? 私は親しい人皆にこんなかんじよ」


 目をキラキラさせて胸の前で腕を組むルリちゃんに、私は思わず身体を引きながら、決して特別じゃないということをアピールした。

 だけどそれは彼女の耳には届いていないようで、私が忠告した通り、真剣な顔で重いジョッキを両手に持つと、白い喉をこくこくと動かしながらお茶を少しづつ飲んでいく。


「それで、今日はどうしたの」


「ええ、お師匠様から預かってきたものがありますの。これをと」


 ルリちゃんは、ケフッと飲み干したジョッキを机に置くと、持参した紙袋を私に手渡した。

 中には、ミカゲさんのキッチンで見かけた紅茶の大きな一缶と、手縫いらしい柔らかな黒いフェルトで作られた猫のぬいぐるみが入っている。

手のひらに乗るサイズのそれは、首に赤いリボンを巻きつけ、青い瞳で可愛らしい。


「紅茶は帝国にいるうちの両親から沢山送られてきたのでお裾分けですわ。お師匠様が英里さんがお好きだから持って行くようにと」


「わざわざありがとう。うん、家で紅茶が飲めるなんてすごく嬉しい。それでこのぬいぐるみは?」


「それはルリからです。二人の友情の証し、お守りとしてずっとお側に置いておいてくださいませ」


「そ、そう。ありがとう、大事にするわ」


 この世界では、友達になったら記念品を贈り合う習慣があるのかな。それなら私も何か用意しなくちゃいけないけど、後で誰かに聞いてみよう。

 ぬいぐるみを手に困惑していると、準備中の店内に楽しげな声が響いた。


「英里ちゃん、蓮也くんに聞いたけどお友達がいらしてるんですってね。頂き物のケーキがあるから一緒に食べて。あら、あらあらあらぁ、随分可愛らしいお友達ね」


 勝手口からお盆を手に現れた女将さんは、私の前に座る彼女を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。するとルリちゃんはあわてて帽子を被るとぎこちなく姿勢を伸ばし、女将さんに丁寧な挨拶をする。

 女将さんはそんな彼女の魔女ルックに動じることなく受け入れ、そのまま一緒にお茶を飲み談笑した。そうして開店準備の時間になってしまった。

 もう仕事に戻らないといけないからと言うと名残惜しそうな寂しげな表情を浮かべていたルリちゃんだけど、店に現れた大将を見ると一変した。

 顔をひきつらせてもう帰らねばとうわごとのように繰り返しながら、挨拶もそこそこに逃げるように店を出た。

 やっぱり、この店に女性客が少ない原因のひとつは大将にある気がするな。

 夕方といってもまだ明るい路上で黒いマントを翻し遠ざかる彼女を見送り踵を返すと、玄関に打ち水を撒いていた蓮也くんが何か言いたそうな顔をしてこっちを見た。だけど私の表情を見ると、そのまま黙っていてくれた。



 その晩私は、貰ったぬいぐるみを自室の箪笥の上に飾った。

 数少ない身の回りのものはほとんどがその箪笥か押し入れに仕舞われているせいで、がらんと飾り気のない私の部屋。そこにぽつんと置かれた黒猫は妙に寂しげに見え、ルリちゃんが纏う雰囲気と似ていた。


「友達、かぁ」


 私は元の世界の友達を思い浮かべた。しょっちゅう夢に見て思い出す幼馴染みや親友達。昔から食べ物に夢中でクラスで浮いた存在だった私の側に変わらずいてくれた。

 家でも、両親や兄弟と反りが合わなくても、祖父母という理解者がいた。

 この世界に来てからも、出会った人達は皆、私を受け入れて助けてくれる。

 私って恵まれ過ぎてるのかな。そう小さく呟きながら、黒猫の尖った鼻をつっついた。


 


 数日後、発注していた例の箱がお昼前にしげるさんの手で店に届けられた。

 余り材料で作るからと安く見積もってくれ、ミカゲさんの魔法刻印代がタダになったのでしめて2万円也。

 さっそく予め大将に許可をもらっていた厨房の片隅に置き、使い方を説明してもらった。

 操作の時に温度と湿度と時間を設定しペンダントで触れて魔力を送るだけの簡単仕様。お知らせアラーム付き。

 目的の用途からすると発酵促進器とでも呼べばいいんだろうけど、おかずの保温はもちろん、換気や送風機能もついているので、干物や乾物だって作れる優れものな万能箱になっていた。

 予算的には無理だけど出来たらいいなという話はミカゲさんにした。だけどまさかそれが実装されているなんて、料理だけでは代償に足りるとは思えない。でも他に何が……初対面の私に好意だけでここまでしてくれるとは考えられない。

 戸惑いながらも、リクエスト以上の仕上がりになったことにしげるさんに感謝し名残惜しく見送った後、私はニヤニヤと顔がゆるみっぱなしで暇さえあればそれを撫でていた。なんせ初めて買った自分の為の魔法製品で、しかもオーダーメイドだもの。


「出来てる出来てる! 本当に室温に関係なく設定温度をキープしてる。魔法ってほんとすごいな」


 そしてその日の晩、私は薄暗い厨房の片隅で一人弾んだ声をあげた。

 さっそく試しにと、新生姜の擦り降ろしと水と砂糖にレモン汁、そしてパン用の酵母を少し振り入れたものを空き瓶に入れて、三十度に設定。

 店の片付けが終ってからのぞいてみると、ぷくぷくと炭酸を吐き出すジンジャービアが出来上がっていた。

 この時期の厨房は、営業中地獄の釜のふたが開いたんじゃないかってくらいの暑さになるけど、それでも庫内の温度が変わらないことを取り付けられた温度計で確認し感嘆した。

 瓶から茶こしで漉しつつ氷を入れたグラスに注ぐと、薄ピンクがかった白濁した色の液体の中でシュワシュワと泡が弾ける。使ったのが耐圧瓶ではないので蓋をしていない為に炭酸はあまり溶け込んでいない。なので舌の先でぴりりとする程度。


 ジンジャエールに比べると生姜の風味が強烈で、そこがこの飲み物の魅力。ウォッカにジンジャエールではなく、これを加えて作るカクテルが、本来のモスコミュール。

 興味深げに味見していた大将が、それを聞いてさっそくお酒の棚からウォッカを取り出すと手際よくカクテルを作りあげた。

 店のメニューには、ビールと焼酎、サワー類しか乗っていない。でも、実はリクエストがあれば応じれる程度に基本的な種類や道具は揃えてある。

 鮮やかな手際でグラスの中にビルドし、バースプーンでひとまわししてミントを乗せる。その本職のバーテンダーのような姿に私と蓮也くんは惚れ惚れと見入り、思わず拍手をしてしまった。

 出来上がったモスコミュールは蓮也くんがすっかり気に入ったようで、一口づつまわし飲むはずが、半分の所で一気に飲み干してしまった。

 

 試験運転の成功に気をよくしながら後片付けをしていると、大将が作務衣の腰に巻いた店のロゴ入り藍染めの前掛けを外しながら尋ねた。


「英里、これで酒を作ると言っていたが、もう材料は揃ってるのか」


「はい。しばらくは試行錯誤になるんで、八坂さんから送ってもらった古米を使いますし、酵母もパン用を使って、道具もあるものでなんとかなると思います」


 週に一度、私は身元引受人の八坂さんに近況報告の電話をしている。

 私が出雲で中津様という神様に会ったことを報告すると、改めて白川様の奥ゆかしさを讃えながらもせつないと嘆いていた。そして八坂家でお世話になっていた時に私がぼやいていた米のお酒を作れそうだと話すと、氏子さんから貰ったものの食べきれなかった古米を進呈すると言ってくれた。

 成功したら、帰省した時にお神酒として奉納する約束で。

 そして2日後には、一俵のお米が届いた。まさか米俵が送られてくるとは思わなくて驚いたけど、60キロ相当だとでこのランクの古米でも卸値で三万円はする。

 もっと米作が普及すれば価格も下がるし美味しいものも増えるのにと心の中で溜め息をつきながら、私は大将に作業工程とスケジュールを説明した。


「ふむ、その米麹さえ用意出来れば割に簡単だな。これで出来た酒が料理に使えるのか」


「この方法は家庭で簡単に作るやり方ですから。その出来たものを濾過して火入れしてやれば長期保存が可能で、上澄みを料理に使えるはずなんです」


「なるほどな、最初の日は一日がかりだから定休日をあてるといい。店を閉めてる時なら厨房は好きに使っていいぞ」


「ありがとうございます」


「なに、上手いのが出来たら飲ませてくれればいい。じゃあもうあがるから、ほどほどにな」


「はい、お疲れさまでした」


 大将は珍しく上機嫌に鼻歌を歌いながら勝手口を出て行った。

 一人店に残った私は、いつものしかめっ面の大将が見せるそんな姿が楽しくて小さく笑いながら、残り物で翌日の賄い用のカレーを仕込むのだった。

備考)

★ジンジャービアは、生姜を醗酵させた甘辛い発泡飲料でノンアルコールです。ジンジャエールは、ジンジャーシロップの炭酸割り。実際に作る時は炭酸の空きペットボトルで作ってください。完成したら冷蔵庫で冷やすと、炭酸が溶け込んでシュワシュワ感がアップします。

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