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みなと食堂へようこそ  作者: 庭野はな
開店準備編 第3章:クラーケン漁と海神祭
11/44

11.西へ!出雲へ!

 ボーダーのタンクトップにカーキ色のショートパンツ、そしてレース編みの白いサマーニットのカーディガンがそれぞれ強い風をはらんではためく。

 服と同じボーダー柄のリボンがついた麦わら帽子のつばを押えながら、私は腹の底から叫んだ。


「待ってろよーーーーうーーーーーにーーーーー」


 周囲を家族連れやカップル、長距離ドライバーの運転手などが思い思いにくつろぐ中、私の声は仰ぎ見る富士山に向けて風が運んでいく。


「おいっ、何やってんだよお前っ」


 急に手首を掴まれ振り向けば、ボーダー柄のTシャツにカーキ色のハーフパンツ姿の蓮也くんが血相を変えて睨んでいる。

 仕事中や家にいる時はもちろんつけていないけど、首もとや手首に革ひものアクセサリーなんかつけちゃって、なんだか色気づいてる。

 まあ私もターコイズのネックレスをつけ、サンダルにはカラフルなビーズが散りばめられていてまさにバカンス! というスタイルなんだけど。


 今朝、寝起きに部屋に突入してきた女将さんがコーディネートしたのがこの姿だった。

 今日は長距離移動だからと、お揃いのフェミニンな花柄ワンピースではなくラフなこちらの案を選ばせてもらえてほっとしたのも束の間、すぐにそれが罠だったことを知る。

 朝食後に身支度を済ませ戸締まりを確認した私と女将さんは、大将達が既に待つ車に向かった。

 待たせたことを詫びながら後部座席に乗り込もうとした時、先に乗っていた蓮也くんを目にして、私はギギギギと錆び付いたロボットのようにゆっくり後を振り返った。

 そして門を閉め家の鍵を鞄に仕舞っている女将さんに訊ねる。


「女将さん、なんだか同じ格好の人がいるんですけど」


「だってぇ、英里ちゃん私とお揃いが嫌だって言うんですものー。だから蓮也くんとおそろいにしたの。それは着てくれたでしょ」


「お揃いって知らなかったからです!」


 白地に小花の散ったワンピースに白い帽子と、高原や海辺が似合いそうな可憐な姿の女将さんは爽やかに笑った。

 時既に遅し。改めて着替える間もなくすぐに出発した私達は、一路島根県を目指して出発した。




「富士山に所信表明をしてたのよ」


「そういうのはさっきの神社でやればいいだろうが。それよりもう大将達が待ってるぞ。そろそろ出発するから呼んでこいってさ。」


「ええっ、じゃあせっかくだから最後にもう一つだけ叫ばせて」


「するなっ! いいからいくぞ。手間かけるなよ。まったく年上のくせに……」


 なんで服が被ってるんだよ、近寄りたくないんだよと俯きぶつぶつとつぶやく蓮也くんに連行され、私は再び大将の車に乗り込んだ。


 ここは、中央高速の富士川休憩所。

 出発して2時間、ちょうどお昼時になったのでここの食堂で昼食をとることになった。

 静岡の海の幸たっぷりの海鮮丼は、にちっとした食感がたまらないマグロの漬けに、コリコリの歯ごたえと甘さがたまらないイカ、カレイにカンパチもぶりっぶりで、期待以上の素材の良さに夢中で頬張る私。

 自分でおろす生わさびもたっぷりのっけて、涙が出るくらい美味しく辛かった。

 そして食後に屋台で売ってた今川焼を頬張りながら静岡茶で一服。

 試験後の開放感に、魅惑の食の旅。テンションがあがらないわけがない。

 お腹がいっぱいになった私達は、車を置いたまま休憩所裏手の小高い丘を登ると、そこには小さな神社があり立ち寄った人々がひっきりなしにお参りしていた。

 小さな社殿の先には、もちろんこの世界でも変わらない日本で一番高い山、霊峰富士山がそびえている。

 富士山は国の重要保護指定聖域の一つで、木花之佐久夜毘売命がおわすそこは取り巻く樹海に守られ、富士山南麓にある浅間神社本宮までしか立ち入ることを許されない。

 この休憩所の神社はその浅間神社の周囲に分散する浅間神社の一つで、近くを立ち寄ったご挨拶と道中の安全を祈願したのだけど、青空を背に雄大にそびえる富士山を見ているとムラムラしてつい叫んでしまった。


 さて、私達の乗った車は再び高速道路を一路西へと向かった。

 運転手は大将だけ。

 蓮也くんが休憩の度に運転を替わると申し出たけど、全員から却下された。あのヌルヌルジェットコースターな運転で長距離とかありえない。

 車内はBGMにラジオの音楽やトークが流れ、黙々と運転する大将の隣で、女将さんがムードメーカーとなって話題を振ったりお菓子をふるまったりと和やかな空気が流れている。

 私は窓に張り付き、刻々と変わる景色に見入っていた。

 地形は変わらないはずだけど、元の世界と同じ工場地帯も空が澱むことなく緑も多くて印象が全く違う。

 私達は東海地方から近畿地方に入り、大津の休憩所で近江牛の串焼きを頬張って一息つくと、大将の気迫の安全運転で無事日本海を見ることが出来た。


 祖父に連れられ日本海美食の旅で何度か訪れたことはあったけど春や秋ばかりだったこともあり、今回の夏の日本海は新鮮だった。

 砂浜に打ち寄せる荒波は相変わらずだけど、時折赤や黄色のビーチパラソルが彩りを添える浜に空や海の色も数段明るく、夏らしい華やぎがある。

 海と反対側で道路に並行して走る列車を追い抜き追い越され行くと、目的の女将さんの故郷の出雲に到着した。

 青々と稲穂が揺れる水田の合間に防風林に囲まれた民家が点在する中を走っていると、長い白壁に囲まれ、背の高い立派な木々に囲まれ囲まれたお屋敷が見える。


「うわぁ、あのお宅大きいですね」


「あら、あれが私のおうちよ」


「大将、私達はこれからあそこに行くんですか」


 確か女将さんの実家に泊まらせてもらうとは聞いていたけど、こんな豪邸だったとは。

 私の問いかけに、大将はこめかみにじっとり汗を滲ませ緊張した面持ちで小さく頷きながら、その家の門の前に静かに車を停めた。


「女将さんてお嬢さんだったんですね」


「田舎の家だから大きいだけよ。それに旧い家だから冬はすきま風がひどくて大変なのよ。気兼ねせずにくつろいでちょうだいね」


 立ち振る舞いや天真爛漫さに育ちの良さを感じていたけど、それなりに立派だった祖父の家よりも倍以上の大きさで、しかも由緒のありそうな風格ある佇まいに私は圧倒された。

 車から降りた私と蓮也くんは、あんぐりと口を開けたまま背の高い門を見上げるばかり。女将さんはそんな私達を見てコロコロ笑う。

 車からなかなか出てこない大将の様子を見ると、何故か開襟にしていたシャツのボタンを首もとまで留めネクタイを巻いている。

 最後の休憩所で、ラフな綿のパンツにピンクのTシャツ姿だったはずが、トイレから戻ってくるとグレーのパンツに白い半袖のワイシャツになっていた。そのまま理由を訊きそびれていたけど、もう声をかけられないほど暗い顔をしてのろのろと車を降りドアを閉める。

 そんな大将を見た女将さんは、やわらかく微笑みながら背伸びをし、大将の襟元を整えた。


「おい、女将さんの実家はこのへんでも有名なでっかい網元ってやつらしいぞ。うちのおふくろが言ってた。結婚する時かなりもめたんだと」


 横に立ってた蓮也くんが、甥ならではの情報をこっそり教えてくれた。

 

「じゃあ……いくか」


 ひとまず大きな荷物はそのままに、手荷物だけ持って正面の母屋に向かう。

 立派な日本庭園を横目に向かった玄関の引き戸を女将さんが勢いよく開け、嬉しそうに中へ声をかけた。

 すると奥から、年配の女性が外したエプロンを片手に転がるように飛び出してくる。


「まぁまぁまぁ、瑞穂お嬢様、よう戻られましたな。お元気そうでようございました」


「ただいま。千代さんも元気なようで嬉しいわ。皆はいる?」


「ええもちろんですとも、皆さん首を長ごうしてお待ちでしたけぇ。ささ、皆様どうぞお入りんさって」


 私達は、女将さんが産まれる前からこの家で働いてるお手伝いの千代さんに、奥の座敷へと案内された。

 どんなことがあろうといつも動じることのない大将だけど、歩くその手と足が同時にでている。それを見てこちらまで緊張してきた。

 そして通された広い座敷には女将さんの家族、江澄家の人々が待っていた。


「瑞穂ちゃん!おかえり」


 女将さんより少し年下の、やはり少女のような雰囲気を持つふっくらとした女性が立ち上がって迎え、女二人手をとりあった。


「亜紀ちゃんただいま。お父ちゃんもただいま。あ、健一兄ちゃんも」


「もってなんだよ、もって」


 大将より少し若く見える柔和な雰囲気の男の人が憤った顔をしてみせ、すぐにわははと笑う。

 女将さんは、床の前の前でその様子を黙ってみているお父ちゃんと呼びかけた人に走りよると、ふわりとその首に抱きついた。


「お父ちゃん、元気しとって? 三年ぶりじゃなぁ」


「ああこの通りな。それより瑞穂はいつまでも子ども子どもしとるなぁ。連れのお客さんもおるんじゃ、しゃっとせぇな」


 そう言った女将さんのお父さんが私達をちらりと見た。

 女将さんと家族の再会を見守っていた私と蓮也くんがあわててぺこりと頭を下げようとした時、私達の前に立っていた大将がその場に正座し、膝に手を置いた。


「お義父さん、健一さん、亜紀さん、ごぶさたしておりました。この度もまたお世話になります」


 あわててそれに従って座る私たちの前で、大将は深々と頭を下げると、まるで口上を述べるかのように挨拶をし、野太い声の迫力に気圧され部屋に沈黙が満ちた。

 スキンヘッドから泉のように吹き出す汗で、大将の緊張が最高潮に達しているのが分かる。

 そしてそれが一滴ぽたりと畳にこぼれ落ちた時、健一さんがプルプル震えたかと思うとその場でお腹を抱え笑い転げた。


「く、熊、わりぃ、ツボにはまって……くくくくっ……あっはっはっは。お前緊張しすぎ」


 紳士然としていた健一さんのその様子に場の空気が和み、苦い顔をしていたお父さんがようやく大将に向けて口を開いた。


「久司くんもよう来なさった。いつも瑞穂が世話になるなぁ。ゆっくりしいな」


 その言葉を聞いてまるで儀式を一つ終えたように脱力する大将に、女将さんが微笑みながら頭の汗をハンカチで拭う。

 久司ひさしは大将の本名で、姓は小川。熊というのは昔からの渾名らしい。普段は大将と呼んでいるし、熊という呼び方のインパクトに比べると、この普通過ぎる名前はつい忘れてしまう。いっそ熊吾郎とかのほうがよっぽど似合ってるのに。

 ぼうっとそんなことを考えながら二人を見ていると、女将さんは私達を見て、あわてて側にやってきた。


「ごめんなさいね、紹介がまだだったわね。あれが私の父、そして兄と妹よ。兄はああ見えても熊ちゃんと同い年で大学の同級生なのよ」


「珍しく客連れとは聞いとったけど、また若い子じゃなぁ。兄妹?それともカップル?」


 健一さんが席を立って近くへきて、大将の背中に隠れるように座っている、似た格好の私達を見て言った。


 あわててきちんと挨拶しようと口を開いた所で、私と蓮也くんの首に抱きついた女将さんに先を越されてしまった。


「えへへ、可愛い子達でしょ。私と熊ちゃんの子どもなの」


 私は、初めて空気が凍る瞬間を体験した。

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