空調装置がうるさい
鵞ペンを握りながら思索を楽しむ。哲学の河川。アラバスターの箱。
すぐに消えていく才能と金銭を全部壊して、今日もまた愚痴を漏らす僕は、
自分の城壁を壊せないまま、ただアスファルトの繭に籠る毎日を送る。
筆記体の英字が走る新聞紙。その裏で落書きの兵卒部隊が銃を構える。
まんまるい星団の果ては僕の小汚い部屋に似ていて、
星影の煌く椅子が宇宙膨張のメタファアにそっくりだ。
神の港。文庫本の襞。神々しい化けの皮。軋むネット環境の継続。
夜な夜な聞こえてくる楽団の演奏は不快のダンスを踊り、
寂れたティーヴィーニュースを空腹の蟒蛇に変化させる。
無菌室よりひどい環境で僕は君のための詩を輻射する。
洒落たレトリックもないし、パン屑で編まれた品性もないけれど、
君への恋心だけが紙面に横たわっているのだ。拿捕された自慰の如く。
言うなれば月面の人工都市のようなものだ。堅牢だろう?
正六角形の断末魔と遠近法の停止線が個室を楽しませるのだが、
結局はただの窓際の一瞬の帯域に過ぎない。空虚なる両極。聖なる本棚。
恣に振る舞うお土産の人形が口ずさむ。「自我の輪郭は奇妙な蜘蛛の形だ」と。
ベッドの上の皺だらけのシーツは前衛映画の一シーンみたいだ。
枕のすぐ下には暗渠が通っており、滞ることなく汚水が流れてくる。
僕は君の子宮を夢見ながら、胎盤の壊れた複合獣とチェスをする。
貯金箱の中の輝かしい未来は四角いハツカネズミに食べられていた。
密閉された空気は四隅の壁に反射し、僕は百円ライターで八つの直線を淡々と焼く。
概念の煙がモクモクと天へ昇り、肉体へ過干渉する有害物質として蓄積される。
鉛を溶かして造られた壁面に昨晩残した体液入りのチューハイをぶっかけよう。
中途半端な韻文を捨てて、はやく君に会いたいのだけれど、簡単にはいかないのだ。
天で輝く六連星は不可能図形のミニチュアを廻っていて呪いの歌を奏でているのだから。
完全呼吸を象ったガスマスクを被りながら、四畳半における現在の座標軸を測ろう。
テーブルに置かれている旋律のスペクトラムを食べてみよう。うん。君の味がするに違いない。
やわらかい時空に聳える隔壁にたったひとつ空洞だけが空間を黒に塗りつぶしている。
そのまま見えない鉄格子がしっかりと逃避を妨げている。もう綺麗な街並みを俯瞰できないだろう。
再生不可の室内環境。塹壕の中の理想郷。奇っ怪な血天井。血みどろの魚籠。
プラスチックの英だけが乱舞する獄舎。まさに罪びとのオルゴン・ボックスだ!
窓硝子から三日月が見える。その眩い光だけがこの部屋において唯一、君と通信できる手段だ。
即興のラブレターを認めて、気障なセリフを吐きながら月の使者に渡すのさ。
「空調装置がうるさくて君を部屋に呼べない」と、今日も空の向こうに言い訳するのさ。