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第二話「はじめてのバイト、喫茶ロシナンテ」

第二話「はじめてのバイト、喫茶ロシナンテ」




 ここは大学内のとある会議室です。


「それじゃあ報告を聞くっす!所轄!対象の詳細をっす!」

「えー、対象の名前は大沢(おおさわ) 義寅(よしとら)。文学部近代情報科2年、容姿端麗、成績優秀で全女学生の憧れの的。おまけに実家は大手海洋運送会社を経営。お金持ちのお坊っちゃまらしいわ」


 そう、彼の名前は大沢 義寅。1つ年上の先輩でした。

 おまけに彼氏にしたい男№1にランキングされるほどの人気者です。


「う、うへぇ、ハードル高過ぎるっす」


 報告を聞いただけで憧れの大沢先輩は遥か遠くに感じられます。


「言い寄る女性は数知れずだけど浮いた話はまったくなし。あの美形も相まって男色趣味が面白可笑しく語られてるくらいよ。」

「それはそれでありっす!」

「まあ、とにかく可奈子の身長では世界記録でも出さない限り跳べるハードルじゃないってこと」

「ちょっと!身長は関係ないっす!」

「でも、勝算はあるの?私が見たところ絶望的なんだけど」


 そうです。

 確かに絶望的です。

 しかし、私はとっておきの“秘策”がありました。


「ふふふふ、そこはぬかりはないっす。菜奈は駅前の路地を入ったところにある喫茶店知ってるっすか?ロシナンテて言うんすけど」

「へぇ、知らない。そんなところに喫茶店あったんだ」

「どうやら大沢先輩はこの喫茶ロシナンテの常連みたいっす!」

「よくそんな情報仕入れてきたわね」

「ふふふ、捜査の基本は張り込みっす!」

「…まさか尾行したの?」

「オフコース!3日に渡る可奈子刑事の努力の結果っす!」

「世間ではそういうのストーカーって言うのよ?」

「聞こえないっす、とにかく大沢先輩は喫茶ロシナンテの常連なんす!そしてトドメはコレっす!」


 私が取り出したのは1枚のチラシです。

 “バイト募集。来たれ若人よ。お洒落な喫茶店で働こう。喫茶ロシナンテ”

 手作り感あふれるそのチラシはバイト募集のチラシ。

 悪いなと思いつつその喫茶店の店頭から引っぺがしてきたものです。


「バイト?なるほど、確かに自然な流れで先輩に近づけるわね。可奈子、今回は異常に冴えてるわね」

「愛の力っすかね〜。でへへ」

「でも、可奈子バイトしたことあった?」

「昔、おばあちゃんの畑仕事手伝ってお小遣いもらったっす!!!」

「可奈子、それバイトじゃないわ」

「えー!!!」


 衝撃の事実でした。

 菜奈の話によれば履歴書とか書いて面接を受けに行かないとダメらしいです。


「いい?とりあえずそのチラシに書いてある電話に連絡してバイト希望の意思を伝えて面接の日取りとかを決めなきゃいけないのよ。あと必要なものとかも聞くのよ?」


 プルルルルルッ


「もう!電話してる!?」


 プツッ


「あ!もしもし。私、野々下可奈子って言うっす!バイトしたいんすけど!」

「あー、もう。少しは敬語ってものを……」

「はい!はい!判ったっす!よろしくお願いするっす!」


ツーツー。


「どうだった?」

「面接は明日になったっす!時間は適当。持ち物もなにもいらないそうっす!」


 電話の内容はいたって単純でした。

 バイト大歓迎。

 時間はいつでもいい。

 履歴書その他必要なし、身ひとつで来てくれればいいといった内容です。


「可奈子、そのバイト先やめたほうがいいわよ」

「え?なんでっすか?よーし!かわいいウェイトレスになって大沢先輩のハートゲットするっす!」




 ──そして翌日。


「ついに来たっすね」


 私は喫茶ロシナンテの前にいました。

 それにしても寂れています。

 店の外観は訳の分からない植物の蔦が巻き付き、その隙間から辛うじて店の看板ロシナンテが見てとれる状態です。店の正面には窓はなく中の様子も伺えません。

 唯一存在する木製の扉に掲げられた営業中の札もなんだか冗談めいて見えます。


「むぅ、本当に大丈夫っすかね?この店」


 いまさらながら少し心配になってきました。

 恥ずかしながら私はバイト経験がありません。

 親にとって子供はいくつになっても子供とはよく言いますが、私の場合そのあたりを色々な意味で体現しているわけだったりしまして、親の方もなんの違和感も持たずに“お小遣い”システムを継続していた為です。

 あくまで大沢先輩にお近づきになる為のバイトですが、これは私にとっても良い転機かも知れません。


「まず、入ったら店の人に元気よく挨拶っす!第一印象はかなり重要っすからね!」


 パチンッと頬っぺを叩いて気合いを入れます。


「さぁ、初バイト面接!可奈子、行くっす!」


 カラコロカランッ。

 ドアのを開けると、上に取り付けられた来客を知らせるベルが鳴ります。

 そして薄暗い店内には……。












 全裸のオッサンが直立不動で立ってました。











 一瞬にして凍り付く店内の空気。


「いゃあぁああああぁ!」

「ぎぁぁああぁああぁ!」


 一拍おいて響き渡る2つの悲鳴。

 私だってレディです。

 あ、あんなブラブラしたもの急に見せられたら悲鳴の一つだって出ます。

 いや、そんなこと言ってる場合じゃありません。

 悪質な変質者です!

 早くこの場から逃げださなければいけません。


「あわわ、く…黒いぞう…ゾウさんっす!妊娠しちゃうっす!お、お巡りさーん!!」

「うぉーい!待って!頼むから待って!誤解だから!後生だからぁ!」


 悪質な変質者、中年戦隊全裸マンが逃げ出そうとする私の腰にすがり付いてきます。


「きゃあああ!やめて下さいっす!」

「いや、とりあえず落ち着け!クールダーウン!ほらぁ、怖くないよぉ、ただのダンディなオジサンだよぉ。人畜無害だよぅ」


 そういってオジサンがにこやかに微笑みます。

 しかし、依然としてオジサンは全裸な訳で、その微笑みはイヤらしい笑みにしか見えません。


「いゃあぁあ!誰か!誰か助けて下さいっす!」

「だから誤解だと言っとるだろうが!」

「全裸のオッサンに抱きつかれてるこの状況になんの誤解もないっす!」

「だって、ここで手離したら交番に駆け込むつもりだろ!おまえ、とりあえず話を聞け。おい、ジェニーてめぇも見てないで手伝えっての!」


 ついに困り果てたオジサンはジェニーなる人物に助けを求めます。

 はて、この狭い店内に私とオジサン以外に誰か居た記憶がありません。

 一体どこに……。

 私は店内を見渡します。

 がしかし、それらしき人影は見受けられません。


 ギュルリ。


 次の瞬間、私の背後に突如生まれた気配と共に私の首を屈強な腕が絞めあげます。


「へぐわっ!」


 チョークスリーパーホールド。

 首を絞めると言っても、呼吸ではなく血流を止めることにより相手の意識を落とす技。

 徐々に意識が遠退いていきます。

 あぁ、私の人生こんなことで終わってしまうのでしょうか。

 せめて大沢先輩の腕の中で死にたかった。

 そして私の意識は暗い闇の中に落ちていきました。






 ───あれ、ここは何処でしょうか。

 私が目を覚ますとそこは知らない部屋でした。

 どうやらソファーのようなものの上で寝ているようです。

 うっすらと開いた視界であたりを見回します。

 薄暗くてよくわかりませんが何処かの喫茶店でしょうか…。


「………ん?喫茶…店?」


 その単語で、寝ぼけた頭が一気に覚醒します。


「いやぁぁ!妊娠しちゃうっす!」

「しねぇからっ!」


 ベシッ!

 ツッコミはすぐ隣からきました。

 恐る恐る隣を見ると例のオジサンがにこやかに微笑みを浮かべています。


「全裸マンっす!」

「違げぇよ!いい加減にしろよ!今度は!服着てるよ!」


 確かに今回は服を着ていました。

 白のシャツに黒いズボン。首元には赤い蝶ネクタイ。その上から茶色いエプロンを着けています。


「まあ、お茶でも飲んで落ち着け」


 私の前に差し出されたのはおしゃれなティーカップに注がれた紅い飲み物。

 フルーティな香り、匂いを嗅いでるだけで心が解きほぐされていくようです。

 私は吸い寄せられるようにお茶をいただきます。


「おいしいっす」


 それは変質者が淹れたとは思えないほどおいしいお茶でした。


「ふふん、うまいだろ?少しは落ち着いたか?」


 オジサンは誇らしげに胸を張ります。

 実際、このお茶は本当においしいです。

 少し見直しました。


「はいっす、取り乱してごめんなさいっす。このお茶オジサンが?」

「オジサンとはひでぇな、ま、もう31だからお嬢ちゃんからみればおじさんか。俺はなだ 源一郎げんいちろう この店の店長だ。ちなみにお茶を淹れたのはジェニーだ」


 どうやらお茶淹れたのはこのオジサンじゃないみたいです。見直して損しました。

 ん?ジェニー………。

 びくっ!!

 私は意識を失う直前のことを思い出し、咄嗟に首をガードします。


「ははは、ジェニーは普段はそうそう襲い掛かってこねぇよ。紹介しよう、うちの看板娘のジェニファー、みんなジェニーって呼んでる」


 店長が私の後を指差します。

 すると背後に気配が生まれます。

 振り返るとそこには80年代を思わせるモコモコパーマを当てたどこにでもいそうなおばさんが一人。

 Tシャツにジーパンといったラフな格好の上に店長と同じ茶色いエプロンを着けています。

 しかし、どう見ても生粋の日本人なんですがなぜジェニファーなのでしょうか。


「……よ、よろしく、オネガイする…っす」

「………」


 無言です。

 もしかして私は嫌われているのでしょうか?


「あー、ジェニーは無口だから言葉はめったにしゃべらない。俺も最後に声聞いたのは20年以上前だし」

「ちょ!それ無口とかレベルじゃないっす!」

「まあ、そろそろ本題に入ろう。君は昨日電話してきたバイト希望の子だろ?」

「あ、はいっす!野々下可奈子っす!よろしくお願いしますっす!」


 そういえば私はバイトに面接に来ていたのでした。

 あまりにショッキングな出来事が続いたので忘れていました。


「とりあえず、バイトは歓迎だよ。最近仕事するのがかったるくて。でも従業員は俺とジェニーだけだからさぁ、ジェニーの淹れるお茶は絶品だが接客は期待できないから」

「そんな理由っすか」

「え?なにか文句あんの?」

「…ないっす」


 この店長、ダメ人間です。

 変態な上にダメダメのダメ野郎でした。


「じゃー、時給とシフトなんだけど……」


カラコロカランッ。


 その時、来客を知らせるベルが店内に響きます。


「ちわー」


 ドアから現れたのは……大沢先輩でした。

 来た!来ました!

 やっぱりいつ見てもカッコイイです!!


「おー、義寅ぁ。いらっさい」

「あれ?店長今日は普通の格好してるんですね」

「あー、今日はさシュールな方向で攻めてみたんだけど。いろいろあってさ」


 どうやら全裸直立不動はシュールなジョークらしいです。

 というかいつもあんな事しているんでしょうか。

 どうやら大沢先輩は慣れているようですが、普通のお客さんが来たらまず間違いなく交番コースになる気がします。

 そんなことより、大沢先輩が目の前にいます。

 ここ数日ストーキングばかりで後姿ばかりだったので、こうして向き合っていられるのは幸せです。

 は!そうです!忘れるとこでした!


「お、お、大沢先輩!」

「ん?あれ?うちの大学の子?誰だっけ?」


 うがぁぁぁ!たしかに食堂でぶつかっただけだけど覚えてくれてなかったです。

 ちょっぴりショックです。

 しかし!


「こ、これ。ありがとうございましたっす!」


 私が差し出したのはあの時貰ったハンカチーフ!!!

 しっかり洗濯して!アイロンかけて!胸元であたためておきました!!!

 これで思い出してくれるはずです!


「ん?これ俺の?…んー、覚えてないな」


 なんとっ!!

 これは予想外。大沢先輩まさか大ボケキャラですか?


「この間、食堂でぶつかって転んだ私を起こして、うどんの汁を拭いてくれた時に…」

「んー、あはは。ごめんね。そんなことあったっけ」


 ぎゃああああす。

 大沢先輩はハンカチを受け取りながらもまるで覚えてなさそうです。

 私の運命の出会いは大沢先輩にとっては数日で記憶から消え去るほどのどうでもいいことだったみたいです!


「な、なんでもないっす。ぐすっ」

 

 わかってました。

 どうせ、わたしなんて道端の石ころと同じくらいの存在だって。

 でも、やっぱり涙が出ちゃう、お、女の子だもん!


「あ、あれ?これ、おれが泣かした感じですか?」

「義寅が泣かしたー!悪いんだー!あ、その子明日からこの店で働くから可奈子ちゃん」

「ご、ごめんね。可奈子ちゃん。ほら、涙拭いて」


 大沢先輩が手にしたハンカチで私の涙を拭ってくれます。

 目の前には大沢先輩の顔が……。

 う……ううう…カッコイイー!!!!

 しかも優しいです!やっぱり大沢先輩は私の王子様です。


「す、すみませんっす。もう大丈夫っす」

「それで可奈子ちゃんさ、シフトの件なんだけどさ、どれくらい出れる?」


 シフト?

 ああ、菜奈が言ってました。

 シフトとはバイトに出るスケジュールのことです。

 大沢先輩はほぼ毎日ここに入り浸り。

 となれば答えはひとつです!!


「週7でお願いするっす!!!!!」








───次回予告


 いろいろあったけど喫茶ロシナンテでバイトすることになったっす!

 これで憧れの大沢先輩と毎日一緒にいられるっす!

 しかし、現実はそんなに甘くなかったっす!!


 次回「労働の日々、喫茶店は大忙し」


 問答無用のドタバタ劇!奮えて待てっす!

少し時間があったので2話投下。


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