第91話 : revival
(ん?……俺は、どうして麻奈とデートをしているんだ?)
麻奈は、その異変にすぐに気づき、不安そうに顔を覗き込む。
「どうしたの、快?痛むの?」
神城は、麻奈の問いには答えず、ただ己に問いかけるように独り言を繰り返した。
「……そうだ、俺は事故に遭ったんだ。……あの後、助かったのか?助かったなら……なんで今、お前と……」
麻奈は、彼の発する言葉の断片から、最悪の事態—記憶の回復—を悟った。顔から血の気が引いていく。
「まさか快……記憶が、戻ったんじゃ……」
「俺は、凛ちゃんが好……」
神城の口から、失われていた、最も聞きたくなかったはずの言葉が漏れそうになった瞬間、麻奈は咄嗟にその口を両手で強く覆った。
「それ以上言わないで!!」
麻奈は、隠し続けた罪悪感と、愛する人の本心を知る恐怖から、大粒の涙を流しながら叫んだ。周囲の賑やかな音が遠のき、二人の世界だけが、張り詰めた静寂に包まれた。
神城は、麻奈の濡れた瞳と、自分を覆う手の震え、そして彼女の悲痛な叫び声で、何もかも全てを察したようだった。
神城に口を塞がれたまま、麻奈はそのまま車椅子の横に泣き崩れた。
神城は、自分を欺いていた麻奈を責めることもできず、ただ目の前で涙を流す幼馴染の姿を見つめることしかできなかった。彼の口から、何も出てこない。
麻奈は、ひとしきり泣き終えると、涙を拭いもせずに立ち上がった。
そして、何も言わずに、神城の車椅子の背後へ回った。二人の間の賑やかな空気は、完全に凍りついていた。
「あのさあ、麻奈」
麻奈は車椅子を押す手を止めなかったが、神城の話しは真剣に聞いているようだった。
「俺は、小学校、中学一年生の時まで、お前のことが好き"だった"よ」
彼の言葉は、記憶のない中で交際した日々を否定するのではなく、過去の純粋な愛情と現在の気持ちの区切りを優しく告げていた。
麻奈は、車椅子を押す力をわずかに緩め、辛さも混じりながらも、優しい声でそう言った。
「........そっか」
神城は、その受け止め方で、麻奈の覚悟を知った。
「麻奈、別れよう」
「.....うん」
麻奈がその二文字を言った後、二人は何も喋らなかった。麻奈は、祭りの賑わいから遠ざかるように、ただひたすらに神城の家まで車椅子を押して送った。会話の途切れたその道のりは、二人の関係の終焉を象徴するように、深く、切ないものだった。




