第84話 : neuron
騒ぎを聞きつけた病院のスタッフが、すぐに駆けつけ、号泣し続ける翠を強制的に運んで行った。神城は、何が起きていたのか、理解できていないようだった。しかし、彼の身体の奥底で、何かが激しく反応していた。
神城のまだ完治していない足の骨に、翠が飛びついた際の強い衝撃が走っていた。その鋭く、馴染みのある痛みが、彼の意識を過去の特定の瞬間へと引きずり込んだ。
脳内の神経信号が、現在の事故の痛みと、過去の記憶の痛みを重ね合わせた。
(この痛みだ……)
それは、翠が何度も腹を立て、足で蹴られた時の、あの屈辱的で鮮烈な痛みと同じ神経の信号だった。
記憶の扉が、一瞬だけ、激しい痛みと共に開いた。
彼の目の前で、泣き叫ぶ翠の顔と、過去に自分を蹴り上げ、睨みつけていた翠の顔が、重なり合うように閃光を放った。
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神城の口から、混乱と、過去の感情が混ざり合った、震える声が漏れた。
「お前……翠なのか?……あの、いつも俺の足を蹴り飛ばしてた、翠……なのか?」
その声は、彼女を「記憶」に結びつけた、唯一の救いの言葉だった。
翠は、病院の人に抱えられ、抗うこともできず運ばれていく。
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最後の瞬間、彼女は顔を神城に向け、涙と鼻水を流しながらも、喉が張り裂けるような、愛の叫びを上げた。
「私は、あなたが昔からずっと、大嫌いで、誰よりも大好きな井出翠よ!!」
翠は、その場で意識を失い、運ばれていった。
翠の今回の行動はあまりにも問題視され、治療環境を変えるため、病院を移されることになった。




