第8話 : sincere
バイトが終わった夜、凛は高校時代からの親友である環奈と飲みに行っていた。グラスを傾ける凛の顔は、自己肯定感の低さで曇っている。
「環奈ぁ……私って、やっぱり魅力ないのかなー」
凛はグラスの中で氷を揺らしながら、半泣きで訴えた。
環奈はため息をつくようにビールを飲み干すと、遠慮なく現実を突きつける。
「んー、魅力がないことはないよ。でも、正直、年齢のハンデはね」
ぐさっ。 凛の心臓にナイフが突き刺さった。
環奈は高校卒業後すぐに大学に進学し、現在は一般企業に勤める正社員だ。一方の凛は、高校を卒業してからずっとフリーターとして転々とする、安定とは程遠い人生を送っている。
「だって、石田くんって大学生でしょ?あの子たちって、基本は学校の中とか、同世代で恋愛するもんじゃん」環奈は続ける。
「わざわざバイト先で、しかも4つも年上のフリーターを狙わないでしょ、普通」
ごもっともすぎる。凛は反論の言葉を見つけられず、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
「っていうか、凛って元々年下好きだっけ?あんまりそのイメージないんだけど」環奈は話題をずらそうとする。
凛は顔を上げ、グラスに残ったお酒を一気に飲み干した。
「ううん、いつもは同い年か、頼りになる年上が好きだったよ。でも、石田くんはなんか……特別に惹かれるところがあるんだよね……あの淡々としてるところとか」
「淡々としてるところ?」環奈は信じられないといった顔で聞き返した。「フッたくせに塩対応なところ、ってこと?それ、魅了されてるんじゃなくて、フッた男に振り回されてるだけじゃないの?」
「違うの!」凛はブンブンと頭を振った。「私をフッたことは、もちろんショックだったけど、それを除いて、石田くんは誰に対しても態度が変わらないの。店長に対しても、ベテランの社員さんに対しても、私みたいなフリーターに対しても、あの冷静でブレない感じで」
凛はグラスの縁を指でなぞった。
「私、ずっと誰かの顔色を窺って生きてきたじゃん?フリーターだし、仕事転々としてるし、『ここで嫌われたらどうしよう』っていつもビクビクしてる。でも石田くんは、そういう世間の評価とか、環境に全く左右されてないように見えるんだ」
環奈は真剣な表情に戻り、静かに頷いた。
「そっか……。ブレない『芯』に惹かれてるのか」
「うん。あと、休憩室で二人きりで話してても、いつも私の話を真正面から聞いてくれる。変に気を遣われたり、年上扱いされたりしない。あの無愛想に見える態度の裏に、誠実さを感じるんだよね」
「へえ。あの無表情の裏にねぇ」環奈は面白そうに笑った。「じゃあ、もし告白して、またフられたらどうするの?」
凛は酔いのせいで少し潤んだ目を細め、きっぱりと言い放った。
「それでもいい。このまま何もせずに『年上だから』って諦めて、後悔するのは嫌だもん」




