第77話 : add
神城は、翠を後ろに乗せ、病院へと猛スピードでバイクを走らせていた。
夜の街路灯が、彼の焦燥に駆られた横顔を、断片的に照らす。
翠は、神城の背中にしがみつきながら、時折、聞こえるか聞こえないかギリギリの、か細い声で呟いた。
「お姉ちゃん、大丈夫かな……んじゃやだ……」
神城は、その不安を断ち切るように、力強く、はっきりと答えた。
「大丈夫だ!お前はただ、俺に捕まってればいいんだよ!」
神城は、表面上は動揺していないように見せかけていたが、その異常な速度には、抑えきれない焦りが乗っていた。凛を失うかもしれないという恐怖が、彼の理性より先にスロットルを回させていた。
「翠、手を離すなよ!」
神城は、交差点を信じられないほどのスピードで曲がった──。
キィィィィッ!
激しいタイヤのスキール音が夜の闇を切り裂いた直後、ゴツッという鈍い衝撃音と共に、凄まじい轟音が響き渡った。
神城が無理なスピードで曲がりきれず、バイクは道路脇のコンクリートの壁に、ものすごい勢いで激突した。
神城も翠も、投げ出されるようにして路面に倒れ込んだ。
視界がぐらつき、全身に激痛が走る。二人とも、血だらけになっていた。
神城は、痛みに耐えながら、まず後ろに乗せていた翠の安否を確認しようと、彼女の身体に手を伸ばした。
「く、翠!しっかりしろ!返事をしろ!」
神城は、初めて動揺を露わにし、必死に翠の名前を叫んだ。
翠は、神城の腕の中で横たわっていたが、その目には焦点がなく、細い呼吸の気配も感じられない。
「おい、翠!冗談だろ、起きろ!お前まで、俺のせいで……」
神城の顔の血と、翠の血が、アスファルトの上で混じり合い、一筋の濃い影を作る。
神城は、心に決めた人がいるという壁を乗り越え、翠を抱きかかえて永遠にそこから離れまいとするように、強く抱きしめた。彼の意識は、後悔と、無力な愛情の渦の中で、急速に遠のいていく。
「大丈夫だ、俺が…」
神城の言葉は、最後まで紡がれることなく、途中で途切れた。
彼の腕の力が抜け、翠の無意識の身体と共に、神城の意識もまた、深い闇の中へと沈んでいった。
すぐに、事故を目撃した近くの住民に通報され、救急車が到着した。
神城と翠は、凛が搬送されたのと同じ病院へと運ばれていった。
その夜、三人の若者は、同じ病院の、同じ病室で眠っていた。
誰一人として、目を覚まさないままだった。




