第76話 : accident
六月中旬になった。
放課後、学校の図書館には、翠と神城の姿があった。二人は、受験勉強に専念するためにバイトのシフトを大幅に減らしており、高い頻度でこうして自習室で勉強を共にしていた。
机を向かい合わせながらも、二人の間には無駄な会話はほとんどない。これはお互いの利益のための勉強会だった。
翠は文系分野、神城は理系分野に特化していたため、翠は英語を神城に教え、神城は理科や数学を翠に教えるという、効率的な指導が行われていた。
いつも通り、神城が難しい物理の問題を解説し終えた時だった。
翠のスマートフォンが、静かな図書館の中に不釣り合いな着信音を鳴らした。バイト先からの連絡だ。
翠はスマートフォンを耳に当てたまま、数分間、完全に固まっていた。その顔から、血の気が引いていくのが神城にも分かった。
そして、彼女は力なくスマートフォンを落とした。
「……お姉ちゃんが、交通事故に遭ったって」
翠の声は、微かな息でしかなかった。
凛が、バイト先に向かう途中で、居眠り運転をしていた車に轢かれたらしい。知らせは、意識不明の重体だという、最悪のものだった。
翠の瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出し、彼女は声を押し殺して泣き始めた。普段の強気な態度は完全に消え失せ、ただの傷ついた少女に戻っていた。
神城は、一瞬の動揺さえ見せることなく、即座に行動した。
彼の声には、一切の感情的な揺れが見えず、ただ強い意志と決断だけが込められていた。
「おい、翠。泣いている暇はない。病院に行くぞ」
神城は、泣き崩れる翠を立ち上がらせると、彼女を自分のバイクに乗せ、一刻も早く病院へと向かうため、夜の街へと駆け出した。




